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明智光秀:歴史改変録 ~逆行転生した歴史オタク、三日天下を永遠の覇権へ~  作者: 天音天成
第5章:本能寺の変・完全版 ~そして麒麟は飛翔する~

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第14話:完璧な根回しと、裏切りの旗印

「殿! 羽柴殿!! 敵の陣容を……あ、あの朝靄の向こうの陣容を、よ、よくご覧くだされ!!」


有刺鉄線という未知の障害物によって先鋒部隊が凄惨な足止めを食らい、突撃の波が完全に停滞して羽柴軍全体が混乱の極みに陥り始めた、まさにその時。

常に冷静沈着であり、泰山が崩れても顔色一つ変えないはずの天才軍師・黒田官兵衛が、まるで地獄の底から這い出た悪鬼にでも睨み据えられたかのように顔面を土気色に蒼白にし、馬を寄せてきた。そして、裏返った悲鳴のような声で絶叫したのだ。


「官兵衛、なんじゃ騒々しい! 敵が防馬柵の代わりに奇妙な鉄の網を張っておるだけじゃ! あんなもの、数の暴力で押し潰せば……!」

「違います! 障害物のことではありませぬ! 敵の数が……兵力が!! ざっと見渡しただけでも、五万を優に超えております!! 神速の行軍で極限まで疲弊しきった我々の倍以上……いや、それ以上の、途方もない大軍勢にございます!!」


「ご、五万……だと!?」


秀吉は、馬の上で激しく身を乗り出した。極度の疲労と興奮で赤く血走った両目を限界まで見開き、前方の近代要塞――深く掘り下げられた塹壕と、幾重にも積み上げられた土嚢の向こう側を凝視する。

折しも、雨上がりの天王山を覆い隠していた分厚い朝靄あさもやが、初夏の強い風に完全に吹き流され、山崎の平野の全貌が白日の下に晒された瞬間だった。


「ば、馬鹿な! 寝言を抜かすな官兵衛! お主としたことが、見間違いであろうが!」


秀吉の叫びには、現実を直視することを拒絶するような、縋るような響きがあった。

秀吉の明晰な脳内にインプットされている確かな情報によれば、明智光秀が丹波・亀山城から本能寺へ向けて連れてきた直属の兵は、どんなに多く見積もっても一万三千から、最大でも一万五千のはずである。

本能寺の変から、わずか十日あまり。「主君殺し」という天を恐れぬ大逆の罪を犯した孤立無援の謀反人の元に、これほどの圧倒的な大軍勢が短期間で集結する道理など、どこにもない。

それは、秀吉の長年の戦場経験と、戦国という時代のことわりが導き出した「絶対の常識」だった。謀反人は必ず孤立する。だからこそ自分は、這ってでも一番に京へ戻り、少数で怯えているであろう光秀の首を討つ算段だったのだ。


だが。

朝靄が晴れた平野部に広がる非情な現実は、彼の信じる常識を根底から木端微塵に粉砕した。


山崎の街道を完全に封鎖するように構築された塹壕の奥。広大な平野には、地平線を完全に埋め尽くさんばかりの大軍が、恐ろしいほど静かに、そして整然と陣を敷いていたのである。

そこには浮足立った様子など微塵もない。秀吉の軍勢が到着するのを、まるでずっと前から待ち構えていたかのような、不気味なほどの落ち着きと統制が取れていた。


そして、初夏の風にバタバタとはためく、塹壕の奥の無数の『旗印』を視認した瞬間。

秀吉の顔からスッと血の気が引き、ドクンと心臓が氷の刃で貫かれたような、致命的な悪寒に襲われた。


九曜くようの紋……細川藤孝!? 梅鉢うめばちの紋……筒井順慶!? な、なぜじゃ……! なぜ奴らが、あそこに陣取っておるのじゃ!?」


秀吉の口から、信じられないというようなうわ言が漏れる。

史実において、彼ら畿内の有力大名たちは、光秀と深い縁戚関係や長年の恩義がありながらも、秀吉の「中国大返し」という早すぎる反撃と、主君の仇討ちという大義名分を見て光秀を冷酷に見捨てた者たちだ。

秀吉も当然、彼らが勝算の薄い謀反人である明智にホイホイと味方するはずがなく、情勢を見極めるために己の城に引きこもって固く門を閉ざし、静観を決め込んでいると踏んでいた。藤孝に至っては、信長の死を悼んで出家までするはずの男なのだ。


だが現実には、細川も筒井も、自軍を完全にまとめ上げ、明智軍の最前線に立って秀吉に向けて敵意の銃口を構えている。

さらに目を凝らせば、高山右近、中川清秀、池田恒興といった、摂津衆・畿内衆の旗印までが、明智軍の水色桔梗の紋と肩を並べて誇らしげに翻っているではないか。

彼らは信長の直臣であり、光秀に従う義理などないはずの者たちだ。それが今、畿内の有力大名が誰一人欠けることなく、完全なる一枚岩の連合軍として明智の陣営に加わっているのだ。


「あ、あり得ぬ……。上様を討った大罪人に、なぜこれほどの大名が付き従うのじゃ……! 奴らは狂ったのか!?」


秀吉の唇が、ガタガタと制御不能な震えを起こし始める。

主君を裏切った逆賊のもとに、天下の諸大名が自ら進んで集う。戦国時代において、大義名分のない戦に味方することは家を滅ぼすことと同義である。それにもかかわらず、これだけの軍勢が集結しているということは、ただ一つの恐るべき真実を示していた。


(明智光秀という男は、主君殺しの汚名を被ってなお、彼ら諸大名を完全に心服させるだけの『何か』を事前に提示し、完全に納得させていたというのか……!?)


そして――。

秀吉の心を完全にへし折り、理解不能の恐怖のどん底に突き落としたのは、その五万の大軍のど真ん中。最も安全な本陣の高台に堂々と、天を突くように高く掲げられた『三つ葉葵』の御紋だった。


「と、徳川家康……!? なぜ、三河の家康がここにいる!?」


秀吉は、己の目を疑い、馬上で大きくよろめいた。隣の官兵衛も「馬鹿な……」と絶望の声を漏らしている。


「奴はあの時、わずかな供回りだけで堺の町を遊覧しており、信長様の死の凶報を知って、慌てて伊賀の山中を越えて三河へ逃げ帰ったはず……! なぜ、数万の大軍を率いて明智の陣に加わっておるのだ!! なぜ、同盟相手である上様を殺した逆賊と共に、涼しい顔でわしを見下ろしておるのじゃ!!」


徳川家康。織田家の長年の盟友であり、本来ならば真っ先に大軍を率いて、光秀の首を獲りに来るはずの男。

その彼が、光秀の謀反に協力し、あろうことか共に陣を張って秀吉を迎え撃とうとしている。この現実を前に、秀吉の明晰な脳内で、これまでの光秀の不可解な言動の数々が、パズルのピースのようにカチリ、カチリと音を立てて残酷に組み合わさっていった。


朝廷や公家衆への不自然なまでの手回しと、朝廷からの勅使の異例の早さでの派遣。

畿内の諸大名に対する、長年にわたる金と物流を使った強固な根回し。

堺の豪商・今井宗久の動き。

そして、絶対に味方するはずのない最大の同盟者・徳川家康との、この盤石すぎる密約の陣形。


(あ、あの明智は……。わしが『信長様の死』を知って、この異常な速度で戻ってくることすらも、すべて完全に計算に入れていたというのか……!?)


秀吉は、息を呑んだ。全身の血が凍りつき、心臓を鷲掴みにされたような強烈な悪寒が背筋を駆け上がる。


光秀は、本能寺の変を起こす何年も前から、堺の大商人の莫大な資本を使って大名たちを裏金と経済で買収し、さらに徳川家康という最強のカードをも取り込んでいたのだ。

「本能寺での信長様の死は、上様の合意による大芝居であり、信長様を外の世界へ逃がした後の天下は、俺と家康が内閣という議会制度で回す」という秘密のシナリオを事前に共有し、諸大名に『新しい日本の青写真』を提示することで、誰もが納得するこの『完璧な包囲網』を周到に準備していたのである。


その裏の真実(信長生存と新政府構想)を、今の秀吉が完全に理解することはできない。

だが、結果として彼が突きつけられたのは、己の人生最大の誇りであり、戦国の歴史に永遠に名を残す奇跡の行軍と信じて疑わなかった『中国大返し』という神速の大勝負すらも……。


最初から明智光秀の用意した「キルゾーン(処刑場)」に飛び込むための、台本通りの滑稽なダンスに過ぎなかったという残酷な事実だった。


「わしは……またしても、あの男の手のひらの上で踊らされていたというのか……!」


自分の意志で毛利と和睦を結んだと思っていた。

自分の執念で、大軍を率いて不眠不休で泥水の中を駆け抜けてきたと思っていた。

自分が一番に逆賊を討ち、天下人へと上り詰めるのだと、己の才覚に酔いしれていた。


だが、現実はどうだ。

自分はただ、明智光秀が用意した「最強の防衛線を試すための的」として、あるいは「不要な暴力装置を日本から一掃するためのゴミ箱」へと、己から嬉々として飛び込んできた哀れな蛾に過ぎなかったのだ。


「わしの死に物狂いの努力も、兵たちの流した血の涙も、すべてあやつの計算の内じゃったとでも言うのか!! 悪魔じゃ……あの男は、戦の神などではない、人の皮を被った悪魔じゃ!!」


秀吉の血を吐くような呟きは、絶望の淵に響く虚しい木霊のように、雨上がりの天王山に吸い込まれていった。

彼が「自分こそが歴史の主役だ」と信じて命を懸けて駆け抜けた道は、光秀という神のごとき脚本家によって敷かれた、無慈悲な死の舞台へと続くレールに過ぎなかったのである。


そして今。秀吉が己の完全なる敗北を悟ったその瞬間、目の前にそびえる近代要塞が、いよいよその恐るべき牙を剥こうとしていた。


戦国の常識が、未来の兵器によって木端微塵に粉砕される『終わりの始まり』が、静かに訪れようとしていたのである。

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