第15話:近代兵器の暴威と、心の蹂躙
秀吉が、己の神速の行軍すらも光秀の計算し尽くされた罠であったと悟り、未知の恐怖と絶望に全身を打ち震わせた、まさにその瞬間。
近代要塞の最深部――明智軍の本陣の高台から、戦場全体の喧騒を鋭く切り裂いて支配するような、冷徹な死神の号令が響き渡った。
高台に設けられた、分厚い土嚢と木材で堅固に守られた司令部。その安全な塹壕の中から、双眼鏡で眼下の平野を冷ややかに見下ろしていた俺(明智光秀)は、白檀の扇子をパチンと開いた。
レンズ越しに見える秀吉の顔は、驚愕と絶望に染まりきっていた。彼が誇る三万の軍勢は、有刺鉄線の前で完全に足を止められ、密集した巨大な的と化している。
俺が何ヶ月も前からこの天王山に莫大な資金を投じ、堺の職人たちを総動員して作り上げた「キルゾーン」に、彼らは一寸の狂いもなく飛び込んできたのだ。
「距離、三百。敵の先鋒は完全に網に囚われた」
俺の傍らに控える斎藤利三が、緊張と興奮の入り交じった声で報告する。
周囲の明智軍の兵たちは、俺が持ち込んだ未来の防衛陣地に身を隠し、誰一人として浮き足立つことなく、ただ冷徹に命令を待っていた。彼らはすでに、この戦いが「命の奪い合い」ではなく、圧倒的な火力による「一方的な殲滅作業」であることを理解しているのだ。
「……撃て」
俺は、扇子を静かに振り下ろした。
「先鋒を完全に粉砕し、圧倒的な死の恐怖を敵の魂の底まで刻み込め」
「はっ!!」
「だが……深追いはするな」
伝令が旗を振ろうとした瞬間、俺は釘を刺すように付け加えた。
「後続の軍は、これから『世界遠征』に向かわせるために必要な、貴重な兵力だ。秀吉の取り巻きの将たちも、生かして暴力装置として使う。本陣と、戦意を喪失して立ち止まった者には、決して弾を撃ち込むな。命をすべて奪う必要はない……心をへし折れ」
これは戦争ではない。「調教」である。
秀吉という稀代の天才を、そして彼に付き従う血の気の多い猛将たちを、俺の描く新しい世界の盤面で使いこなすためには、彼らの「戦国の常識」と「野心」を一度完全に、修復不可能なまでにへし折らなければならない。絶対に逆らえないという、底知れぬ恐怖のトラウマを植え付ける必要があるのだ。
俺の緻密で冷酷な指示が前線へと伝達されると同時に、塹壕の中、積み上げられた土嚢の隙間から、黒光りする『複数の砲身を円筒状に束ねた異形の兵器』が次々と姿を現した。
近代兵器の悪魔――【手回し式連発機関砲(ガトリング砲のプロトタイプ)】である。
砲手が、機関砲の側面に取り付けられたクランクハンドルを力強く回し始めた。
その瞬間。
山崎の地に、戦国武将たちがこれまでの生涯で一度も聞いたことのないような、鼓膜を破る連続した爆音が轟いた。
ガガガガガガガガガガッ!!! ガガガガガガガッ!!!
「ぎゃあああああっ!?」
「な、なんだ!? 矢ではない、見えない弾が、雨のように……!!」
一分間に数百発という、当時の火縄銃では絶対に不可能な連射速度。
無数の鉛玉が、凄まじい風切り音を立てて空間を切り裂き、有刺鉄線の鋭い棘に衣服や鎧を引っ掛けられ、前進も後退もできずに密集していた羽柴軍の先鋒部隊に、無慈悲に襲い掛かった。
肉が弾け、血飛沫が舞い、骨が砕ける音が連鎖する。
火縄銃の最大の弱点である「装填の隙」を突いて、一気に距離を詰めて白兵戦に持ち込む。それこそが戦国の鉄則であり、秀吉が三万の大軍を率いてやってきた最大の理由であった。
だが、その鉄則は、この圧倒的な連射速度の前では、ただ的となって無駄に命を散らすだけの自殺行為でしかなかった。
「ひぃぃぃっ! 前列が、前列の者たちが一瞬で肉塊に……!!」
「撃ち返せ! 鉄砲隊、撃ち返せぇぇっ!」
羽柴軍の鉄砲隊が慌てて火縄銃を構えようとするが、立ち上がった瞬間に顔面や胸を蜂の巣にされ、泥の中に沈んでいく。
明智軍の機関砲手たちは、土嚢に銃身をしっかりと固定し、ただハンドルを回しながら銃口を左右に振るだけでよかった。それはまるで、畑の雑草を鎌で薙ぎ払うかのような、極めて単調で事務的な作業であった。
「ええい、怯むな! 盾を構えろ! 竹束を分厚く束ねて盾にし、前へ出よ!! 止まれば死ぬぞ!!」
秀吉が血を吐くような声で絶叫し、将兵を必死に鼓舞する。
彼自身も極限の恐怖に全身を震わせていたが、ここで足を止めれば軍全体が一方的にすり潰されるという戦術的本能が、彼に無謀な突撃を指示させていた。
「進め! 逆賊の弾など恐れるな! 一番槍を取った者には一国をくれてやるわ!!」
前線の凄惨な犠牲を乗り越え、それでも功名心に駆られた一部の勇猛な兵たちが、分厚い竹束を抱え、味方の死体を盾にしながら、有刺鉄線を無理やり突破しようと泥の中を前進し始める。
いかに機関砲といえど、何重にも重ねられた竹束や死体の山をすべて貫通することはできない。戦国の兵たちの「泥臭い執念」が、わずかに近代兵器の隙を突き始めていた。
だが、未来から来た俺の知識は、歩兵用の機関銃による水平射撃だけでは終わらない。
平面的(二次元)な防衛線を突破しようとする者には、立体的(三次元)な死を降らせるまでだ。
「次だ。大筒部隊、榴散弾装填。……撃て」
「はっ!」
俺が再び扇子を振り下ろすと、塹壕の後方に配置された数十門の大型砲群が、一斉に地を揺るがす轟音を立てて火を噴いた。
南蛮の技術を導入し、さらに後装式(元込め)に改良された青銅製のライフル砲だ。
ズドォォォォン!! ズドォォォォン!!
砲身から放たれたのは、城壁を壊すためのただの重い鉄球ではない。
内部に細かい鉄片と大量の火薬を詰め込み、導火線の長さを精密に調整して「敵の頭上の空中で炸裂する」ように設計された恐るべき砲弾――榴散弾である。
ヒュルルルルルル……という不気味な飛翔音が空を切り裂き。
次の瞬間。
ドゴォォォォンッ!! ドゴォォォォンッ!!
羽柴軍の頭上、数十メートルの高い空中で、次々と砲弾が大音響とともに爆発した。
オレンジ色の閃光が空中で瞬き、白い煙が花開く。
そして、その煙の中から、超高速で飛散した無数の熱い鉄片が、致死の雨となって広範囲に降り注いだ。
「ぎゃあああああっ!!」
「空から、空から雷が降ってくるぞ!!」
「化け物だ! 魔法じゃ!! こんな戦、勝てるわけがねえ!!」
上空で炸裂する耳を劈くような轟音と衝撃波。
竹束を前方に構えていた兵たちにとって、頭上から降り注ぐこの攻撃は完全に想定外であった。前からの銃弾は防げても、上からの鉄の雨は防ぎようがない。
兜を貫かれ、肩を裂かれ、無数の鉄片を浴びた兵士たちが、次々と悲鳴を上げて斃れていく。
盾も、竹束も、勇猛果敢な武士の意地も、すべてが紙切れのように無意味化された。
「ひ、退け! 退けェェェッ!!」
「駄目だ、死にたくない! 死にたくないぃぃっ!!」
前衛部隊が文字通り「すり潰されていく」この凄まじい地獄絵図を目の当たりにした後続の数万の兵士たちは、極限の恐怖で完全に足が縫い止められた。
もはや、彼らの目に前方の敵の姿は映っていない。映っているのは、目に見えない死神が振り下ろす巨大な鎌の幻影だけだ。
誰も前に進もうとしない。悲鳴を上げて武器を放り出し、泥の中に這いつくばって頭を抱える者。パニックを起こして後方へ逃げ出そうとするが、後ろの兵とぶつかって転倒し、身動きが取れなくなる者。
狂乱と絶望が、羽柴軍を完全に飲み込んでいた。
そこにあるのは、互いの信念をぶつけ合うような戦術の美学もクソもない。
名乗りを上げて一騎打ちを挑む武士の誉れも、手柄を立てて立身出世を夢見る若者の希望も、すべてが否定されていた。
完全なる火力と近代的な防衛線による、一方的で作業的、かつ事務的な『殺戮の処理』。
敵の命を、血の通った人間としてではなく、ただの「排除すべき障害物」として淡々と削り取っていく、未来の近代戦の恐るべき冷徹さであった。
「撃ち方、待て」
俺の指示で、機関砲の連射音がピタリと止む。
硝煙が風に流されていく中、戦場には、有刺鉄線に絡まって呻く者たちの声と、後続の兵たちが恐怖に震えてすすり泣く音だけが響いていた。
光秀の「戦意を喪失して立ち止まった者には撃つな」という冷酷な指示通り、弾幕が止んだ泥の中で、生き残った三万の兵たちは、ただガタガタと震えながら命乞いをすることしかできなかった。
「な、なんじゃこれは……。これが、戦だと申すのか……」
秀吉は、泥水に塗れた馬上で、呆然と自陣の崩壊を見つめていた。
天下を獲るという己の果てしない野心も、農民の身分から文字通り泥水を啜って積み上げてきた血の滲むような努力も、三万という大軍の力も。
すべてが機械的な火力によって無慈悲に否定されたのだ。
戦国時代の終焉を告げる、近代兵器の圧倒的な蹂躙。
自らのすべてを懸けた「中国大返し」が、ただの死地への行軍に過ぎなかったと悟らされた秀吉の心は、ついに限界を超えた絶望の底へと叩き落とされようとしていた。
【読者の皆様へのお願い】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と、ページ下部からの【星評価】をお願いいたします!
皆様の応援が、執筆の最大の励みになります!




