第9話:未来からの応急処置
俺は腰から竹筒を外した。
中に入っているのは、俺が日頃から自分の飲み水として携帯している「一度完全に煮沸させた湯冷まし」だ。生水を飲むことで感染する寄生虫や赤痢を防ぐため、俺が密かに徹底している自衛手段の一つである。
「ひゃっ……」
俺は竹筒の水を惜しげもなく使い、少女の膝の傷口に勢いよく流しかけた。
指の腹を使って、傷口に入り込んだ泥や砂粒を徹底的に、しかし優しく洗い流していく。当時の常識からすれば「傷口を水で洗う」など狂気の沙汰だが、現代医学において「傷口を清潔に保つこと」が感染症予防の絶対の基本である。
泥が完全に落ち、綺麗な血がにじんでくるのを確認すると、俺は懐から真っ白な手ぬぐいを取り出した。
これも、俺がこっそり熱湯で煮沸消毒し、天日干しにしておいたものだ。
「少し強めに縛る。痛かったら言え」
俺は手ぬぐいを傷口に当て、圧迫するようにして膝にしっかりと巻き付けた。
圧迫止血。清潔な環境の保持。俺にできる最善の処置だ。
「……痛くない」
少女が、不思議そうに目を瞬かせた。
彼女の目には、俺の鮮やかな手付きが、まるで魔法のように見えたのかもしれない。
「綺麗に洗って塞いでおけば、化膿することはない。血が止まるまでは走るなよ。……数日すれば、かさぶたになって治る」
俺がホッと息をついて立ち上がると、少女はパァッと顔を輝かせた。
「あの、魔法みたいでした! 痛いの、飛んでいきました!」
「大げさだな。ただ泥を落としただけだ」
「ありがとうございます……! あの、あなた様は?」
少女が、尊敬と好意の入り混じった熱い眼差しで俺を見上げてくる。
「俺は明智十兵衛。明智光綱の息子だ」
俺が名乗ると、少女は弾かれたように目を丸くし、そして嬉しそうに微笑んだ。
「明智様の! 私、何度かお見かけしたことがあります。私は妻木の娘で、熙子と申します!」




