第8話:豪商・今井宗久へのプレゼン ~現代知識で堺を支配する~
「日本の物流の全てを牛耳る、だと?」
今井宗久は、信じられないものを見る目で俺を睨んだ。
莫大な銀を目の前にしても、商人としての警戒心は失っていない。さすがは堺の会合衆だ。
「ええ。ですがその前に、宗久殿の商売の『やり方』を少しばかり改革させていただきたい」
「……改革? わしの商売にケチをつけると申すか」
「ケチではなく、効率化です」
俺は懐から、一冊の和紙の束と筆を取り出した。
そして、宗久の店で使われているであろう「大福帳(当時の単式簿記)」の欠点を指摘し始めた。
「現在の帳簿のつけ方では、『いくら儲かったか』は分かっても、『どの商品が、いつ、どこで利益を生んだか』、そして『資産と負債のバランス』が不透明です。これでは商売が巨大になるほど、金がどこに消えたか分からなくなります」
「む……それは、確かに……」
宗久が口籠もる。図星なのだ。
「そこで、これをお使いください」
俺は紙に、スラスラと**【アラビア数字(0〜9)】と、現代の【複式簿記(借方・貸方)】**のフォーマットを書き記した。
「これは『天竺』から南蛮を経て伝わった究極の計算術と、私が考案した記帳法です。『左に資産と費用』『右に負債と純資産・収益』を記載し、常に左右の合計を一致させる。これにより、一銭の不正もごまかしも不可能になります。さらに、アラビア数字を使えば、計算の速度は今の十倍になります」
俺がスラスラと複雑な売上計算をアラビア数字で解いてみせると、宗久は身を乗り出して紙を食い入るように見つめた。
「こ、これは……なんという合理的で美しい帳簿じゃ! これが全店舗に普及すれば、番頭たちの横領を完全に防ぎ、一目で店の全財産を把握できる……!」
商人の天才である宗久は、たった数分で複式簿記の「恐ろしさ」と「価値」を理解したようだった。
「これだけではありません」
俺は畳み掛ける。
【絶対記憶】から引き出すべきチートは、簿記だけではない。
「宗久殿は、南蛮人(ポルトガル人やスペイン人)との取引も行っておられる。彼らが今、最も欲しがっているものは何ですか?」
「……それは、硝石や生糸、そして銀じゃな。だが、彼らは日本の品を安く買い叩こうとする」
「ならば、彼らが『金を払ってでも絶対に買いたい』と思う新商品を、こちらで作ればいいのです」
俺は宗久に一枚の製法書を渡した。
「これは……油と、灰を煮詰めて固める……? 一体何ができるというのだ?」
「**『石鹸』**です」
俺はニヤリと笑った。
「南蛮の船旅は数ヶ月から半年にも及びます。船内は不衛生極まりなく、病が蔓延しやすい。そこに、身体や衣服の汚れを完全に落とす『石鹸』を大量に売り込むのです。オリーブオイルの代わりに、日本の椿油や胡麻油を使えば、最高級の石鹸が大量生産できます」
この時代のヨーロッパでは石鹸は超高級品であり、航海中の水夫たちにとっては命を守る(感染症を防ぐ)魔法のアイテムになる。
「さらに、この石鹸の製法と引き換えに、南蛮の宣教師たち……特にルイス・フロイスという男を紹介してください。彼らから『最新の医学』と『世界地図』を引き出します」
「……」
宗久はもう、何も言えなかった。
目の前にいる若き浪人が、単なる美濃の使い走りなどではなく、底知れぬ知識と野望を隠し持った「化け物」であることに気づいたのだ。
「明智、十兵衛様……」
宗久は、いつの間にか俺に対する敬称を変えていた。
彼は深々と頭を下げ、床に額を擦り付けた。
「わしの完敗にございます。貴方様の頭脳は、千金の山よりも価値がある。どうかこの今井宗久、貴方様の手足としてお使いくだされ」
「ええ。大いに稼いでもらいますよ、宗久殿」
これで、日本最大の経済都市・堺のネットワークと、南蛮貿易のパイプは俺の手中に収まった。
複式簿記によって莫大な資金を管理し、石鹸で南蛮の最新技術を買い叩く。
「さて……金と情報の準備は整った。次は、信長への『最高の手土産』を仕込みに行くとしようか」
「手土産、でございますか?」
宗久が顔を上げる。
「ええ。没落して泣いている、**『足利将軍家』**という名の、立派な神輿をね」
俺の視線は、遠く大和国(奈良県)の方角を向いていた。
そこには、史実において信長を大いに苦しめることになる、のちの室町幕府第十五代将軍・足利義昭が幽閉されているはずだ。
魔王・織田信長へ仕官するための、最も派手な『履歴書』を作るための作戦が、いよいよ始まる。
お読みいただきありがとうございます!
第2章に突入し、舞台は越前から堺へ!
光秀の【絶対記憶】が火を吹き、「複式簿記」と「石鹸」という現代の知識チートで、大商人・今井宗久を完全論破しました!
次はいよいよ足利義昭の保護、そして「魔王・信長」や「猿・秀吉」との直接対決が近づいてきます。
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次回:『第9話 腐った神輿(足利義昭)の金ピカ・プロデュース』をお楽しみに!




