第7話:標的は『マムシ』
ある春の穏やかな午後。
俺は退屈な稽古を早々に切り上げ、一人で美濃国・明智荘の小川のほとりを散策していた。
護衛の者たちには「花を摘んでくる」と言って撒いてある。俺は、一人で考え事をする静かな時間が欲しかったのだ。
川のせせらぎを聞きながら、俺は脳内の『図書館』にアクセスした。
(さて……美濃の現状と、今後のタイムスケジュールを確認しておくか)
現在、この美濃国は事実上、一人の怪物の手によって支配されつつある。
その男の名は、長井新九郎規秀。のちに名を改め、下克上の代名詞として歴史に名を刻む男――『マムシ』こと、斎藤道三だ。
(史実通りなら、道三はまもなく美濃の国主である土岐氏を追放し、完全に美濃を乗っ取る。だが、その後は長男の義龍と対立し、長良川の戦いで討ち死にする運命にある)
俺の当面の目標は、この斎藤道三に接触し、俺の「パトロン(スポンサー)」に仕立て上げることだ。
俺の脳内にある現代の技術や経済知識を現実の力に変えるには、莫大な資金と、それを保護する権力が不可欠である。明智家という一介の国衆の力だけでは、天下を動かす盤面を作ることはできない。
(だが、あの疑り深く冷酷なマムシが、六歳の子供の言葉に耳を貸すはずがない。もう少し俺が成長し、説得力を持たせる年齢……十代前半になるまで待つ必要がある)
どうやってアプローチし、どうやってマムシの毒牙を抜いて手懐けるか。
石見銀山の情報を使うか、それとも火薬の製法をエサにするか。
脳内で無数のシミュレーションを重ねながら歩いていた、その時だった。
「……ぐすっ、ひっく」
茂みの向こうから、幼い少女の泣き声が聞こえた。
俺は思考を中断し、声のする方へと足を向けた。
そこには、俺と同い年くらいの可愛らしい少女が、地面に座り込んで膝を押さえていた。
着物の裾がまくれ上がり、白い膝小僧が露わになっている。どうやら石につまずいて転んでしまったらしい。




