第6話:神童の憂鬱と、完璧な擬態
俺が「明智光秀」としてこの世界に転生してから、五年が経過した。
現在、天文2年(1533年)。俺は数えで六歳になっていた。
「十兵衛は本当に賢い子じゃ。教えた文字を一度で覚え、もう四書五経をそらんじるとは」
「明智の麒麟児ですな。御屋形様もさぞお喜びでしょう」
縁側で書物を広げる俺を見て、家臣たちがヒソヒソと称賛の声を漏らしている。
俺は子供らしい無邪気な笑顔を顔に貼り付けながら、内心で深くため息をついた。
(そりゃあ、覚えるさ。俺の脳内には広辞苑から漢和辞典まで、すべてのデータが入っているんだからな)
この五年間、俺が何をやっていたかというと、ひたすら「基礎固め」と「擬態」である。
赤ん坊の体では何もできない。だからまずは、周囲の大人たちの会話から「戦国時代の言語(発音やイントネーション)」を完璧にマスターすることに専念した。
現代の日本語と戦国時代の言葉は、文法や単語のニュアンスが微妙に違う。俺の脳内にある【絶対記憶】と、実際に耳で聞く発音を擦り合わせ、不自然さのない喋り方を身につけるのには意外と苦労した。
さらに苦労したのは「異常者」と思われないようにすることだ。
三歳でスラスラと漢文を読み解き、五歳で大人の武将の政治的議論に口を挟むような子供がいれば、この時代では「神童」を通り越して「妖怪」や「狐憑き」として気味悪がられかねない。最悪の場合、身内の権力争いに巻き込まれて暗殺される危険すらある。
だから俺は、脳内にある無限の知識のうち、ほんの「1パーセント」だけを小出しにして、周囲には『ちょっと物覚えが良い、利発な子供』として振る舞うことに徹したのだ。
「十兵衛様、そろそろ剣術の稽古の時間にございます」
「わぁい! 行く行くー!」
俺は書物をパタンと閉じ、子供らしく元気よく庭へ駆け出す。
本当は剣術などやらなくても、脳内には前世で読み込んだ古武術の歩法や人体力学のデータが詰まっている。大人の体格さえ手に入れば、最小限の動きで相手を殺す効率的な戦闘術を再現できる自信があった。
だが、今はまだ六歳。筋力も体力も圧倒的に足りない。
焦る必要はない。俺の本当の武器は、剣ではなく「頭脳」なのだから。




