第18話:天正十年六月一日、亀山城出陣
天正10年6月1日。
俺の居城である丹波・亀山城の広大な練兵場には、一万三千の明智軍が整然と集結していた。
初夏の強い陽光が、兵士たちの持つ無数の槍の穂先を反射してギラギラと煌めかせ、彼らの背に掲げられた水色桔梗の旗印が、熱を帯びた風にはためいている。
彼らは、ただの寄せ集めの農民兵ではない。幾度もの過酷な戦をくぐり抜け、俺の現代知識を用いた「完璧な兵站」と「火器を中心とした近代的な戦術」、そして温かい飯と十分な恩賞という圧倒的な福利厚生の薫陶を受けた、間違いなく日の本で最も精強で、最も俺という存在を狂信している完全無欠の軍隊だ。
「皆の者、出陣の支度は整っておるな!」
明智家筆頭家老である重臣・斎藤利三が、馬上で声を張り上げる。
「応ッ!!」という、大地を揺るがすような一万三千の咆哮が返ってきた。兵士たちの顔には恐怖も不安もなく、ただ「俺たちの無敵の殿について行けば、必ず勝てる」という士気が最高潮に達していた。
表向きの出陣の理由は、『西国で毛利相手に苦戦している羽柴秀吉への大規模な援軍』である。
信長様からの直々の命を受け、我らが大軍を率いて西へ向かい、毛利を叩き潰して天下布武を完成させる。兵士たちも、将校たちも、そして利三のような最側近でさえも、皆そう信じて疑っていない。
これから数時間後、自分たちが長年仕えてきた絶対的君主を討ち、歴史を根底から覆す大事件を起こす『謀反軍』になろうとは、誰も知る由もないのだ。
(すまない。利三、お前たちには、しばらくの間「主君殺しの逆賊の兵」という、あまりにも理不尽な汚名を背負わせることになる)
俺は本陣の高台から、整然と並び、俺を誇らしげに見上げてくる一万三千の将兵を見下ろしながら、内心で深く、深く謝罪した。
史実における明智軍は、謀反の理由もわからぬままパニックの中で本能寺を襲撃し、主君を討った罪悪感を抱えながら、山崎の戦いで散っていった。
だが、今回は違う。俺は絶対に彼らを負けさせない。
一人の無駄死にも出さず、この壮大で狂った茶番劇を完璧に終わらせ、彼らに「新しい時代を創り上げた英雄」としての栄誉と、莫大な富を必ず与えてみせる。
「……行くぞ」
俺は愛馬に跨り、大きく息を吸い込むと、手にした軍扇を天高く掲げた。
「全軍、出陣!!」
俺の号令とともに、一万三千の巨大な軍勢が一つの生き物のようにうねりを上げて動き出した。
目指すは西――中国地方へと続く山陰道。
重い鎧の擦れるガシャガシャという音、馬のいななき、そして無数の足音が重なり合い、亀山の地を激しく揺るがした。歴史のターニングポイントへと向かう、後戻りのきかない行軍が、ついに始まった。
次回から、第5章:本能寺の変・完全版 ~そして麒麟は飛翔する~がスタートです。
ついに物語は最大の山場迎えます。最後までお付き合いいただけると幸いです。
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