第2話:軋む旧体制と、魔王のくすぶり
俺のチート知識がもたらした急激な「天下の近代化」は、信長の心に虚無感を生み出しただけではない。織田家という組織の内部にも、致命的な『軋み』を生じさせ始めていた。
「……また、大和・河内からの税収が落ち込んでいるのか。佐久間殿は何をやっているのだ?」
数日後の京・明智邸の執務室。
俺は、山のように積まれた報告書と複式簿記の帳簿を睨みつけながら、重臣の斎藤利三に問い詰めた。
「はっ。佐久間信盛様が管理を任されている大和・河内、ならびに旧本願寺領において……佐久間様が独断で『関所』を復活させ、通行する商人たちから法外な関銭を徴収しているとの報告が上がっております。さらに、かつて本願寺に与していた農民たちを『一揆の芽を摘むため』と称して弾圧し、田畑を荒らし、過酷な取り立てを行っているようでして……」
「馬鹿な……!」
俺は、思わず天を仰ぎ、深くため息をついた。
石山本願寺は数年前に俺の経済封鎖で無血降伏させた。俺の目的は、敵を皆殺しにすることではなく、彼らの持つ強大な生産力と労働力を無傷で接収し、織田家の経済システムに組み込むことだった。
関所を撤廃し(楽市楽座)、物流を円滑にして富を循環させる。それが、俺の描いた近代国家の絶対条件だ。
だが、その管理を任された佐久間信盛は違った。
彼は信長の父の代から仕える、織田家筆頭の重鎮中の重鎮だ。彼自身は決して無能ではないし、忠義に厚い立派な武将である。
だが、彼の持つ「古い武士の常識」が、俺の構築した「近代的なシステム」と絶望的に噛み合っていないのだ。
古い武将にとって、領地とは「農民から搾取し、自分の懐を肥やすための餌場」である。かつて敵対した者は弾圧し、関所を設けて日銭を稼ぐのが当たり前の感覚なのだ。
だがそんなことをすれば、俺が苦労して繋いだ物流の血管が詰まり、経済が停滞し、結果として国全体の力が削がれてしまう。
「……佐久間殿は、戦が消えたこの世の中で、己の居場所を『領地での強権的な支配』に見出そうとしているのだろう。だが、それは私の作った仕組みを根本から破壊する行為だ」
俺は眉間を揉み解しながら指示を出した。
「佐久間殿の作った関所の損失分は、私の権限で裏から補填して帳尻を合わせておく。上様の耳には入れず、何とか穏便に彼を説得し、仕組みの枠内に戻すよう手配しろ」
「御意にございます。しかし殿、このままでは佐久間様だけでなく、他の古参の方々も、殿の描く『新しすぎる国の形』についてこられず、不満を溜め込む一方かと……」
利三の懸念はもっともだった。
だが、俺が本当に恐れていたのは、古い武将たちの不満ではない。
彼らのその「システムの阻害」と「非合理な行動」を、あの退屈を持て余した魔王が、絶対に見逃すはずがないという事実だった。
その懸念は、最悪の形で表面化しつつあった。
翌月、安土城で行われた少人数の政務会議の席でのことだ。
「……佐久間。貴様、大和と河内の統治において、一体何をやっている?」
信長の氷のように冷たく、刃物のような声が、広間に響き渡った。
上座に座る信長の目は、下座で平伏する佐久間信盛を、まるで価値のないゴミでも見るかのように冷酷に見下ろしていた。
「は、ははっ! う、上様! 某は旧本願寺の残党どもが再び反乱を起こさぬよう、厳しく目を光らせておりまして……」
佐久間が額に冷や汗をにじませながら必死に弁明する。
「言い訳など聞いておらん。十兵衛がせっかく血を流さずに降伏させ、銭を生む畑に変えたというのに。貴様は勝手に関所を作り、民を虐げて土地を荒らしているそうだな。……お前のその『古臭い武将の意地』が、俺の天下の歩みと経済の循環を阻害しているのが分からんのか」
「う、上様! 某は決して私腹を肥やすためではなく、ただ織田家のために粉骨砕身……!」
「俺は『合理的』だから生かして銭を絞り上げると決めたのだ。お前はただの己の驕りで、そのシステムを壊した。……昔の武功など、今の世に何の価値がある。俺が創る新しい天下の速度に、貴様のような老いぼれはもうついてこれまい」
信長の言葉は、単なる叱責の域を超えていた。
その目には、長年連れ添った忠臣に対する情など微塵もなく、純粋な『殺意』と『破壊衝動』が宿っていたのだ。
俺は、背筋に強烈な悪寒が走るのを感じた。
(……まずい。信長様の行き場を失った破壊衝動が、明確に『内側の味方』に向き始めている)
燃やすべき外の敵を俺のチートが消し去ってしまった結果。魔王の業火は、自らの組織の「古い部分」や「システムを理解できない部分」を焼き尽くすことで、己の熱を満たそうと暴走を始めようとしているのだ。
これが、歴史のバグだ。
「上様、お待ちください」
俺はたまらず進み出て、佐久間を庇うように頭を下げた。
「佐久間殿の行動は、急激な法度の変更による伝達不足も影響しております。彼の責任だけではありません。どうか、挽回の機会をお与えください」
俺が必死に取り成すと、信長は俺を猛禽類のようにギラギラとした目で睨みつけた。
「……十兵衛。お前が庇うなら、今回は不問にしてやる。だがな」
信長は、立ち上がり、広間を出ていく直前に、佐久間と俺に向けて吐き捨てるように言った。
「俺は、退屈で死にそうなのだ。……俺の創る国の邪魔をする無能なゴミは、もうこの城にはいらん。次に俺の意に背くような真似をすれば、その時は容赦せんぞ」
足音が遠ざかり、広間に残された佐久間信盛は、床にへたり込み、恐怖でガタガタと震えていた。
俺は、去っていく信長の気配を感じながら、己の手が冷たく震えているのを見つめた。
信長の破壊衝動のマグマは、もはや表面張力でギリギリ保たれているに過ぎない。このまま日本に彼を置いておけば、いずれ必ず大爆発を起こし、佐久間だけでなく、柴田も、丹羽も、そして俺や熙子すらも、些細な理由で理不尽に焼き尽くされることになるだろう。
(急がなければ……。次の軍議までに、何としても『魔王を追放する準備』を整えなければならない)
平和になりゆく日本で、徐々に抑圧され、鬱憤を限界まで溜め込んでいく魔王・織田信長。
その臨界点が破裂する『運命の折檻状(佐久間追放)』へ向けて、戦国の時計の針は、最悪のテンションでチクタクと時を刻み始めていたのだった。
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