第1話:超速の天下平定と、消えゆく戦場(改稿版)
天正7年(1579年)。
俺(光秀)が織田信長の筆頭家老として畿内の政務と軍事の全権を握り、天下布武の総仕上げに掛かっていたこの時期。日本の勢力図は、俺の前世の記憶にある「史実」とは、もはや似ても似つかない形に塗り替えられていた。
無敵を誇った武田の騎馬隊は、俺が設計した『後装式ライフル銃』と『大筒(大砲)』、そして有刺鉄線を用いた塹壕陣地の前に、武田の誇る赤備えは文字通り手も足も出なかったのだ。
強国・上杉や北条といった大名たちも、刀を交える前に俺が仕掛けた「現代金融の罠(経済封鎖と為替操作)」によって国庫を完全に干上がらされ、戦う力も飯を食う力も奪われ、次々と白旗を上げて織田軍の軍門に降っていた。
血みどろの激戦や、知略の限りを尽くした攻城戦など存在しない。
俺がもたらした圧倒的な「経済力」と「オーバーテクノロジー」の前に、戦国の旧来のルールは瓦解した。西国の毛利が健在なのは、秀吉への対応を睨んだ計画の一部に過ぎない。織田家の天下平定は、史実を遥かに凌駕する速度で、あまりにも淡々と、冷酷な事務作業のように進行していた。
「……また、血を流さずに城が落ちたか」
琵琶湖の美しい水面を見下ろす、安土城の最上階。
金箔と極彩色の障壁画で飾られた天主の縁側で、魔王・織田信長は、天下人の証である豪奢な南蛮ビロードの外套を羽織りながら、酷く退屈そうに眼下の景色を見下ろしていた。
信長の足元には、各地の国衆や大名から届いた「無条件降伏の血判状」が、不要な紙くずのように無造作に積み上げられている。
「はい、上様。越後方面の残党も、当方の物流封鎖によって完全に兵糧が尽き、戦わずして降伏の意を示してまいりました。彼らの土地を接収し、労働力と納税者として織田の経済システムに組み込む手はずを整えております。……極めて合理的かつ、無駄のない平定にございます」
俺が背後で平伏し、淡々と「数字の処理」としての戦果を報告すると、信長は俺を冷たい目で一瞥し、やがて短く鼻で笑った。
「合理的、か。……そうだな。十兵衛の言う通りだ。自軍の兵を死なせず、生かしたまま敵から銭と米を絞り上げる方が、上に立つ者としての『正解』だ。……俺が創ろうとしていたのは、そういう国だからな」
信長は頭では完全に理解している。自分の掲げた天下布武の行き着く先が、個人の武勇など不要になる「システムと法による安定した統治」であることを。
だが、彼がポイと投げ捨てた降伏の血判状を見つめるその目には、長年の悲願であった天下統一が近づいているというのに、達成感や喜びの色は微塵もなかった。
あるのは、真っ暗な泥水のような『底なしの虚無感』だ。
「……十兵衛。戦が、消えたな」
信長は、低い声でポツリと呟いた。
その言葉の奥にある重さに、俺の背筋を冷たい汗が伝う。
「武田も、上杉も、かつては天下を争うと豪語していた猛将どもが。お前が金と兵糧の蛇口を少し絞り、見たこともない鉄の筒を並べただけで、戦う前から土下座して命乞いをしてきおる。……これが、天下が平らになるということか。随分と、白けて、冷たい景色だな」
信長は、自らの両手を見つめた。
かつて桶狭間で絶望的な特攻を仕掛けた時の、血と汗と泥に塗れた手。数々の戦場を駆け抜け、絶対的な恐怖で世界を震え上がらせた時の、熱く燃えたぎっていた手。
だが今の彼の手は、ただ安全な安土城の奥深くで、書類に朱印を押すだけの「冷たい手」になってしまっていた。
「上様。天下が平らかになるのは、喜ばしいことにございます。これからは法と議会を整備し、民が安心して暮らせる新しい国造りに……」
「国造りだと? 法だの、税の取り立てだの、そんな退屈な仕事は、お前たち家臣が算盤を弾いてやっておればよかろう」
信長は、吐き捨てるように言った。
その虚無に満ちた瞳が、ゆっくりと俺に向けられる。
「俺の腹の中には、まだ世界を丸ごと焼き尽くせるほどの凄まじい炎が燻っているというのに。……もう、日の本には燃やす場所がどこにもねえのだ。十兵衛、お前が俺の敵を、すべて盤上の数字と小細工で消してしまったからな」
信長の言葉は静かだったが、そこには彼の魂が干からびていく『静かなる絶望』が込められていた。
歴史オタクである俺の脳内データが、強烈な警告音を鳴らしている。
織田信長という男は、「破壊と創造のプロセス」においてのみ、その天才的なカリスマと生存の熱量を爆発させる、戦の化け物だ。常に自分を脅かす強大な敵がいて、それをどうやって叩き潰すかを考えている時だけが、彼にとって唯一「生きている」と実感できる時間だった。
だが今、俺のチート知識によって外の強敵たちは次々と消滅し、戦場は完全に『予定調和の作業』と化してしまった。
燃やすべき「外の敵」がいなくなった破壊神。その内側に蓄積していくマグマのような『破壊衝動』は、決して消えることはない。行き場を失ったその業火は、必ず別の何かを焼き尽くそうとする。
「……上様。ご安心を。貴方様のその途方もない炎を燃やすにふさわしい、極上の『遊び場』を、この十兵衛が必ずご用意いたします。もう少しだけの辛抱にございます」
俺が深く頭を下げて絶対の保証を誓うと、信長はフンと鼻を鳴らし、「期待しておくぞ」とだけ言って、再び退屈そうに外へ視線を向けた。
(急がねばならない……。信長様の破壊衝動が完全に暴走する前に、この男を世界へ逃がさなければ)
俺は安土城を退出する道すがら、己の知識チートがもたらした「戦場が消える」という平和の副産物が、信長という魔王にとってどれほどの猛毒であるかを痛感し、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
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