第18話:十年戦争の早期終結と、天才の焦燥
俺(明智光秀)が仕掛けた「火薬の完全禁輸措置」と「サプライチェーンの支配」の効果は、恐ろしいほどの速さで石山本願寺を蝕んでいった。
大坂を包囲してから数ヶ月が経過した、翌年の春。
天然の要害である石山本願寺の内部は、かつての狂信的な熱気は完全に消え失せ、底知れぬ絶望と飢餓のどん底に沈んでいた。
「ど、どうなっている……! 堺の商人どもに何度使者を送っても、どれだけ黄金を積んでも、硝石を一握りすら売ってくれんではないか!」
本願寺の指導者である顕如が、血走った目で叫んだ。
「南蛮船もだ! 港に入るや否や、織田の役人が乗り込んで積荷の硝石をすべて倍の値段で買い占めていく! 闇市場ですら、火薬は砂金以上の値段に跳ね上がっており、手に入りませぬ!」
側近の僧侶たちが青ざめた顔で報告する中、傭兵として雇われていた雑賀衆の頭領・雑賀孫一も、苛立たしげに床を蹴り飛ばした。
「ふざけるな! 俺たち雑賀衆の『鉄砲』があってこその籠城だろうが! 火薬の備蓄はとっくに底をついた。鉛の弾はあっても、火薬がなけりゃあ、この筒はただの鉄の棒だ! こんな状態で、城の外を何重にも取り囲んでいる織田の大軍とどうやって戦えってんだ!」
最強の傭兵集団も、弾が撃てなければただの無力な集団に過ぎない。
さらに、俺が敷いた海上と陸上の完全封鎖により、兵糧の持ち込みも厳しく制限されていた。
飢えと寒さ、そして「鉄砲が撃てない」という事実が、門徒たちの戦意を急激に奪っていった。
『進まば往生極楽』と叫んで突撃しようにも、城から一歩出れば、火薬をたっぷり持っている織田軍の鉄砲隊から一方的な十字砲火を浴びて無駄死にするだけだ。神仏の加護など、圧倒的な資本力の前では何の役にも立たなかった。
結果として。
史実において信長を最も苦しめ、【十年】という途方もない歳月と莫大な血を流させた『石山合戦』は、一人の武将の血も流れることなく、わずか【半年】で本願寺側の完全降伏という形で、あっけなく幕を閉じたのである。
「ふはははは!! 見事だ、十兵衛! またしても一滴の血も流さず、あの忌々しい本願寺を屈服させたか!!」
大坂から撤退していく坊主たちを眺めながら、信長は俺の肩をバンバンと叩いて大いに笑った。織田家の将兵たちも、俺に向かって畏敬の念を隠そうとしない。
これで畿内の脅威は完全に消え去り、天下布武は最終段階へと突入した。
だが――。
織田家全体が勝利の美酒に酔いしれる中、ただ一人、自室の陣幕で爪から血が出るほど指を噛み締め、深い暗闇の中で深刻な焦燥感に苛まれている男があった。
木下藤吉郎、改め『羽柴秀吉』である。
「……おかしい。何かが、絶対におかしい……!」
秀吉は、薄暗い陣幕の中で膝を抱え、ガタガタと震えていた。
彼は、自分に「天下を獲れるほどの軍才と、人の心を操る天才的な才能」があることを自負している。事実、彼の頭の中には、戦場において敵の意表を突く局地戦の奇策や、敵将を寝返らせる鮮やかな調略のアイデアが、泉のように湧き出ているのだ。
だが、彼がいくら「見事な戦術」を脳内で練り上げようとも、それを披露する『活躍の場』そのものが回ってこない。
墨俣の一夜城。金ヶ崎の退き口。比叡山の焼き討ち。そして今回の、石山合戦。
本来であれば、己が泥水すすって陣頭指揮を執り、華々しい武功を挙げて歴史に名を刻むはずだった大舞台が……すべて、戦が始まる前に、明智光秀という化け物の『経済封鎖』や『事前工作』によって「消滅」させられているのである。
(明智様は……戦の「概念」そのものを変えてしまわれた。武勇も、わしの渾身の奇策も、あの圧倒的な『知識』と『金』の暴力の前では、赤子同然じゃ……っ!)
どうすればいい。どうすればあの化け物に勝てる?
戦場という舞台にすら上がらせてもらえないのに、どうやって武功を立てればいいのだ。
秀吉が血の涙を流さんばかりに苦悩し、己の才能の限界を突きつけられて絶望の底に沈んでいた、まさにその時だった。




