第17話:経済封鎖の極致 ~サプライチェーンの完全支配~
「撃たせなければよいだと? 十兵衛、そんな魔法のようなことが可能なのか?」
信長が身を乗り出し、食い入るように俺を見た。
「ええ、極めて物理的で、かつ確実な方法で」
俺は懐から、手書きの巨大な『日本地図』を取り出し、信長の前の床にバサリと広げた。そこには、日本列島の周囲の海と、いくつかの主要な港町に赤い印がつけられていた。
「上様。鉄砲の弾を飛ばすには、黒色火薬が不可欠です。そして、その火薬を作るための最も重要な原材料が『硝石』です。……ですが、この日本という国は、火山国ゆえに硝石が自然の土壌から産出することはほぼありません」
俺は扇子で、地図の海の向こうを指し示した。
「つまり、現在日本で使われている火薬の九割以上は、南蛮船(ポルトガルやスペインの貿易船)が持ち込む硝石の『輸入』に依存しているのです。本願寺も、雑賀衆も、莫大な金を払って堺の港経由で硝石を買い集めているに過ぎません」
俺はそこで言葉を区切り、扇子で『堺』の港の印をトントンと叩いた。
「そこで、私は数ヶ月前から、我らが織田家の御用商人であり、堺の会合衆のトップである今井宗久殿に密かに指示を出しておきました」
「宗久に? 一体何をさせたというのだ?」
「極めて単純なことです。……南蛮船が日本の港に持ち込む硝石を、**『彼らが本来売るはずだった言い値の倍の価格』**で、我々がすべて買い占めさせました。南蛮の商人どもは、金さえ積めば誰にでも売りますから」
「なっ……!?」
柴田勝家が息を呑んだ。
「日本の硝石を、すべて買い占めただと!? それがどれほどの莫大な金額になるか……!」
「ご安心を。我々には、先日の比叡山を陥落させた際に没収した隠し財産や、楽市楽座で潤い続ける圧倒的な資金力があります。国家予算レベルの金銭を注ぎ込めば、市場の買い占めなど造作もないことです」
俺はさらに、地図の「美濃国(岐阜県)」を指した。
「さらに、私がかつて斎藤道三殿に教え、美濃の村々で秘密裏に生産させている国産火薬の製造拠点――『硝石丘』についても、流通経路を完全に一本化し、織田家の厳重な管理下に置きました。他国へ火薬の横流しをした商人は、即座に一族郎党死罪とする高札を立ててあります」
俺の淀みない説明に、軍議の間は水を打ったように静まり返った。
歴戦の武将たちの顔に、戦慄が走っている。彼らは徐々に、俺が何をやったのか――それがどれほど恐ろしい手段なのかを理解し始めていた。
「……つまり、どういうことだ、明智殿」
丹羽長秀が、震える声で尋ねた。
「つまり、こういうことです。本願寺と雑賀衆の元には、今日から一粒の火薬も、一欠片の硝石も入ってこない。彼らが今城の中に持っている備蓄を撃ち尽くした瞬間、数千丁の鉄砲は、ただの『重い鈍器』に成り下がるということです」
現代の軍事および経済における**【サプライチェーン(供給網)の完全支配】**である。
敵の城を攻めて武器庫を物理的に破壊するのではなく、その「上流」である原材料の市場を完全独占し、流通の蛇口をキュッと締めてしまう。それだけで、敵の最強の兵器そのものを機能不全に陥らせることができるのだ。
圧倒的な資本力と、マクロ経済の視点、そして世界規模の貿易の仕組みを理解している俺(未来人)にしか絶対にできない、戦国の概念を根底から覆す戦術だった。
「ふ、ふはっ……」
沈黙を破ったのは、信長の口から漏れた低い笑い声だった。
その笑いは次第に大きくなり、やがて軍議の間を震わせるほどの狂喜の爆笑へと変わった。
「ふはははははは!!! 傑作だ!! 十兵衛、貴様は本当に、底知れぬ悪魔のような男だな!!」
信長は立ち上がり、歓喜に顔を歪めながら床几をバンバンと叩いた。
「城を攻めず、鉄砲も防がず、ただ『硝石を買い占める』だけで、あの忌々しい本願寺と雑賀の傭兵どもを無力化するというのだな! 愉快! 痛快極まりないぞ!!」
「お褒めに預かり光栄です。彼らは今、城の中で『いつでも織田軍を蜂の巣にしてやる』と意気込んで鉄砲を磨いているでしょう。ですが、我々は一切攻めません。ただ周囲を包囲し、彼らが的に向かって無駄撃ちをして火薬を消耗していくのを、遠くから笑って眺めていればよいのです」
俺が冷酷に言い放つと、信長は「よし!」と高らかに全軍に命じた。
「全軍、大坂へ出陣せよ! ただし、本願寺の周囲に堅固な柵と砦を築き、一切の出入りを封鎖するだけでよい! 奴らが火薬の弾切れを起こし、ただの木偶の坊になるまで、ただ待っていろ!」
武力による流血を一切伴わない、金と流通による完全なる首絞め。
史実で十年の歳月と数万の命を奪うはずだった最悪の泥沼は、俺の【絶対記憶】と【経済チート】によって、戦いが始まる前に勝敗が決していたのである。




