第16話:石山本願寺の蜂起と、最強の鉄砲傭兵(改稿版)
元亀2年(1571年)春。
比叡山延暦寺を「金融制裁」によって血の一滴も流さずに降伏させ、畿内の脅威を一つ取り除いた織田家であったが、戦乱の世は彼らに息をつく暇さえ与えなかった。
比叡山の陥落から間もなく、織田家に次なる――そして史実において最大最悪となる試練が訪れたのである。
「上様!! 大坂の石山本願寺が、ついに我らに対して挙兵いたしました!」
尾張・清洲城の軍議の間に、悲痛な叫び声を持った伝令が駆け込んできた。
その報告を聞いた瞬間、並み居る歴戦の武将たちの顔色が一斉に青ざめた。
「石山本願寺だと……!? あの狂信者の親玉がついに動きおったか!」
柴田勝家が、忌々しげに床几の肘掛けを叩いた。
石山本願寺。
それは単なる寺院ではない。一向宗(浄土真宗)の総本山であり、現在の大阪城と同じ場所――巨大な川と海に囲まれた天然の要害に築かれた、難攻不落の巨大城郭である。
彼らの恐ろしさは、城の堅牢さだけではない。本願寺のトップである顕如が「仏敵・織田信長を討て」と檄を飛ばせば、全国何十万という門徒たちが、「進まば往生極楽、退かば無間地獄(戦って死ねば極楽に行けるが、逃げれば地獄に落ちる)」という狂気のスローガンの下、死を一切恐れないゾンビの群れのように押し寄せてくるのだ。
「さらに申し上げます! 本願寺の蜂起に呼応し、紀伊国(和歌山県)の『雑賀衆』も本願寺に加勢するため、大坂へ入ったとの報せにございます!!」
「な、なんだと! 雑賀衆まで味方についただと!?」
丹羽長秀が思わず立ち上がった。
雑賀衆。それは、戦国時代において最強と謳われる独立した鉄砲傭兵集団である。
彼らは独自の水軍と貿易ルートを持ち、数千丁という桁外れの火縄銃を保有している。さらに、狙撃の命中率は百発百中、「雑賀衆を味方につけた者が戦を制す」とまで言われるほどの圧倒的な火力を誇るプロフェッショナルなのだ。
「チッ……。海と川に囲まれた要害に何万という狂信者が立て籠もり、そこから数千の鉄砲が雨あられと降ってくるというわけか。……まともに城攻めなどすれば、我らの兵が何万死ぬか分からんぞ」
勝家の言葉に、軍議の間は重苦しい沈黙に包まれた。
(……史実から半年遅れだが、やはり起こったな)
俺(明智光秀)は末席で静かに扇子を弄りながら、脳内の【絶対記憶】のデータを引き出していた。
『石山合戦』。
史実において、この戦いは織田信長を最も長く、最も深く苦しめた最大の泥沼である。
雑賀衆の凄まじい鉄砲の十字砲火と、狂信的な門徒たちによる終わりなきゲリラ戦の前に、織田軍は数え切れないほどの将兵を失う。信長自身も銃撃を受けて負傷し、最終的に天皇の勅命という奥の手を使って本願寺を降伏させるまでに、なんと【十年】もの歳月と莫大な血を流すことになるのだ。
この十年戦争のせいで、織田家の天下統一事業は大きく足踏みさせられたと言っても過言ではない。
「……十兵衛。貴様なら、この最悪の盤面をどう見る」
上座で不機嫌そうに腕を組んでいた信長が、鋭い眼光とともに俺を指名した。
視線が俺に集中する。陣幕の隅では、羽柴秀吉(藤吉郎から改名)が「またこいつが何かとんでもないことを言うのではないか」と、引き攣った顔でこちらを見つめていた。
「上様」
俺は立ち上がり、静かに一礼した。
「彼ら本願寺と雑賀衆の最大の強みは、『数千丁の鉄砲』という最新兵器を保有している点です。鉄の弾丸の前には、人間の気合も武芸も通用しません。それがあるからこそ、我らの数万の大軍を城に近づけさせず、対抗できるのです」
「うむ。分かっておる。それをどう防ぐと言うのだ。竹束を並べたところで防ぎきれる数ではないぞ。全軍に分厚い鉄の防弾の盾でも背負わせて突撃させるか?」
信長が苛立たしげに問い返す。
だが、俺は涼しい顔で、スッと首を横に振った。
「いいえ。防ぐ必要などございません」
俺がニヤリと不敵に笑うと、武将たちが怪訝な顔をした。
「皆様は、少し難しく考えすぎなのです。……鉄砲という兵器は、確かに恐ろしい。ですが、ただ火縄に火をつけて構えただけで人が死ぬわけではありません。弾が飛び、火薬が爆発して初めて兵器として成立するのです」
俺は手に持った扇子を、銃に見立てて武将たちへ向けた。
「つまり、弾(火薬)が出なければ、あんなものはただの重くて細長い『鉄の筒』に過ぎません。槍よりも短く、刀のように斬ることもできない、ただの鈍器です。……彼らに、一発の銃弾も撃たせなければよいのです」
軍議の間にいる誰もが「魔法でも使う気か?」という顔をしている中、俺は【未来の経済戦争】の概念を、この戦国時代に叩きつける準備を整えていた。




