第5話:一夜城の完成と、天才の完全敗北(改稿版)
わずか半日。
夕日が木曽川の川面を血のように赤く染める頃には、墨俣の地に、かつての戦国の常識では絶対にあり得ない堅牢な要塞が、堂々たる威容を誇って完成していた。
俺(明智光秀)が現代建築の知識を用いて設計した「規格化木材」の骨組みと、敵の銃弾を完全に弾き返す「原始的コンクリート(三和土の強化版)」の壁。
まだ壁の表面は完全に乾燥しきってはいないものの、すでに敵の火矢や鉄砲の弾を無効化するには十分すぎるほどの強度を持ち始めている。
城門には織田の木瓜紋の旗が初夏の風に誇らしげにはためき、砦の中にはすでに数百の兵士と大量の兵糧、そして火縄銃の弾薬が運び込まれ、完璧な最前線基地として機能し始めていた。
「まるで天から神の城が降ってきたようではないか!」
織田信長は、完成したばかりの砦の堅牢な灰色の壁をバンバンと素手で叩き、腹を抱えて大爆笑した。
信長の歓喜の声に呼応するように、織田軍の将兵たちからも「うおおおおっ!!」「明智様、万歳!!」という地鳴りのような歓声が上がった。
昨日まで「机上の空論を語る生意気な新参者」として俺に反発していた柴田勝家や丹羽長秀たちも、もはや完全に俺のチート建築術の前にひれ伏していた。
誰もが、明智光秀という男の底知れぬ頭脳に畏怖し、同時に、この得体の知れない化け物が「自分たちの味方である」という絶対的な安心感に酔いしれていた。
「お褒めに預かり光栄にございます。上様、これで美濃の入り口は完全に我々の手に落ちました。対岸の斎藤軍は、我々の常軌を逸した築城の速度に恐怖し、すでに完全に戦意を喪失して蜘蛛の子を散らすように逃げ散っております」
俺が平伏すると、信長は「うむ! 後の采配もすべてお前に任せる! 美濃の残党狩りも、この墨俣を起点にして一気に押し潰せ!」と上機嫌で言い放ち、本陣へと戻っていった。
圧倒的な勝利のカタルシス。
だが、歓喜に沸く織田軍の中で。
一人だけ、完全に時が止まったように動けない男がいた。
木下藤吉郎秀吉である。
彼は、夕日に照らされた巨大な砦の陰で、泥の地面に崩れ落ちるようにして膝をついていた。
その両手は、爪が手のひらに食い込んで血が滲むほど、強く、強く握りしめられている。
(わしの……わしの一生一代の出世の策が……!!)
藤吉郎の心の中は、絶望と恐怖、そして圧倒的な「敗北感」に支配されていた。
彼は己の「川から丸太を流して一夜で建てる」というアイデアに絶対の自信を持っていたのだ。もしあのまま自分が実行していれば、織田家の中で一躍名を上げ、歴史に名を残す大偉業になっていたはずだ。
だが、目の前の明智光秀は、それを遥かに凌駕する『工業的な規格化』と『圧倒的な国家予算クラスの資本力』をもって、自分が考えた策の“完全な上位互換”を、あまりにも容易くやってのけた。
自分は、泥臭く野盗(蜂須賀小六)に頭を下げ、なけなしの自腹を切って酒を飲ませ、丸太を流すことしか考えていなかった。つまり、「素材の運び方」を変えようとしただけだ。
だが、あの化け物(光秀)は、安全な領地で国中の職人と莫大な金を使って「組み立て式の城」という、およそ人間の発想を超えた『建築の概念そのもの』を書き換えてしまった。
のみならず、未知の「魔法の泥」で防弾の壁まで用意し、物理的にも戦術的にも完璧な要塞に仕上げてみせたのだ。
次元が違う。見ている世界の広さが違いすぎる。
藤吉郎の天才的な頭脳だからこそ、その事実が痛いほどに残酷に理解できてしまった。
「どうした、藤吉郎殿。顔色が悪いぞ? 腹でも下したか? それとも、自分の出番がなくて退屈だったか?」
俺がわざとらしく、冷ややかな声で上から声をかけると、藤吉郎はビクッと肩を激しく震わせた。
ゆっくりと顔を上げた彼の表情は、泣き出しそうな、それでいて必死に媚びを売るような、ひどく醜く引きつった笑顔だった。
「い、いえ……! 明智様の……神業に、わしはただただ、言葉を失っておる次第にございまする……! さ、さすがは上様が見込んだお方……!」
震える声でそう絞り出す藤吉郎の目には、明確な「恐怖」と「諦め」が宿っていた。
自分がどれほど必死に知恵を絞り、血の滲むような努力をして這い上がろうとしても、この男には絶対に見透かされ、そして鼻で笑いながら、踏み潰すように軽く超えられてしまう。
(勝てない……。この男には、一生かかっても勝てない……!)
悪いな、秀吉。
俺は心の中で冷たく呟いた。
お前の人生最大の出世イベントは、俺が【先回り】して喰わせてもらった。これから先も、お前が思いつく限りの策は、すべて俺の現代知識のチートで粉砕し、絶望させてやる。
史実において、お前は信長の死後、明智光秀を討ち、天下人へと登り詰める。
だが、この世界線において、お前が天下を獲ることは絶対にない。お前のその異常なまでの実務能力と、人たらしの才能は、すべて俺が手綱を握り、俺の思い描く「パックス・ジャポニカ(絶対的な平和)」を構築するための『便利な下働きの駒』として、過労死する一歩手前まで徹底的に使い潰してやる。
「藤吉郎殿。お前は、城を建てることはできなかったが……砦の中に運び込む兵糧(米や塩)の計算や、荷駄の配置などは得意だったな?」
俺は、扇子で砦の中を指し示した。
「は、はいっ! それならば、わしにお任せくだされ! 兵糧の管理、人足の配置、荷駄の輸送……一粒の米の無駄も出さず、完璧に帳簿を合わせてみせまする!」
藤吉郎は、藁にもすがる思いで土下座し、俺の足元に擦り寄ってきた。
自分の存在意義をアピールできる仕事が、今はもうこれ(実務の裏方仕事)しかないと完全に悟ったのだ。
「よろしい。ならば、この墨俣城の兵站管理と、美濃の残党狩りに向かう部隊の物資手配は、すべてお前に任せる」
俺は冷たく見下ろし、釘を刺すように言った。
「……だが、少しでも計算に狂いが生じたり、俺の指示から外れた勝手な真似をすれば、どうなるか分かっているな?」
「はっ! 命に代えましても、明智様のご期待に沿う働きをお約束いたしまする!」
床に額を擦りつける藤吉郎の背中を冷たく見下ろしながら、俺は静かに笑った。
これでいい。
彼をただ排除するのではなく、完全に心を折った上で「明智光秀には絶対に逆らえない」という絶対的なトラウマを植え付け、恐怖で支配する。そうすれば、彼は俺の描く盤面において、最も優秀で、最も狂ったように働く最高の労働力(社畜)となる。
天才・秀吉の心に、明智光秀という拭い去れない絶望の影が深く、決定的に刻み込まれた、墨俣の夕暮れであった。
* * *
墨俣城の完成により、美濃国は完全に織田家の手中に落ちた。
斎藤龍興は抵抗する力もなく伊勢へと逃亡し、かつて俺が道三の下で繁栄の基礎を築いた美濃は、無血開城に近い形で信長のものとなった。
そして、信長は本拠地を清洲から、この美濃の稲葉山城へと移し、その名を『岐阜』と改めた。
天下布武の印を使い始め、いよいよ京の都への「上洛作戦」が本格的に始動する。
俺が完璧に洗脳し、「金ピカの神輿」に仕立て上げた足利義昭を奉じ、織田軍は怒涛の勢いで上洛を果たした。
畿内を支配していた三好三人衆は、俺が事前に堺の今井宗久を使って経済封鎖(兵站の遮断)を仕掛けていたため、戦う前に内部崩壊を起こして散り散りに逃げ去った。
すべては、俺の描いた青写真通り。
歴史は、血を流すことなく、圧倒的なスピードで塗り替えられていく。
だが、天下統一への道は、決して平坦な一本道ではない。
信長が上洛を果たし、魔王としての強大な力を手に入れたことで、周囲の巨大な勢力たちが、いよいよ『織田包囲網』を形成するために一斉に牙を剥き始める時期が近づいていた。
俺の脳内にある【絶対記憶】が、次なる歴史の特異点へのカウントダウンを告げている。
信長の生涯において、最も絶望的で、最も死に近づいたとされる最悪の撤退戦。
『金ヶ崎の退き口』。
史実の地獄を、俺が圧倒的なロジスティクスで「快適な遠足」に変えるための、次なる完全攻略の幕が上がろうとしていた。
第3章の幕開け、史実の秀吉出世イベントである「墨俣一夜城」を、光秀が現代知識(プレハブ建築&セメント)で完璧に上位互換で奪い取る展開を深掘りしました!
次回は、信長最大のピンチである**「金ヶ崎の退き口」**!
絶望的な撤退戦を「完璧なロジスティクスで遠足に変える」光秀の無双劇をお届けします。お楽しみに!
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