第4話:規格化(ツーバイフォー)の驚異(改稿版)
「ば、馬鹿な……。熟練の大工も使わず、木も切らずに……あっという間に骨組みが……!」
織田家の筆頭家老である「鬼柴田」こと柴田勝家が、兜の下から滝のような汗を流しながら、呆然と呟いた。
無理もない。数日前、彼自身が何日もかけて大工たちに木を切らせ、敵の矢弾に怯えながら悪戦苦闘して立てようとしていた砦の骨組みが、目の前で、わずか数刻(数時間)のうちに、まるで地面から生え出るような圧倒的なスピードで組み上がっていくのだから。
「おい、そっちは『い』の梁だ! 順番を間違えるな!」
「おう! 凹凸を合わせろ! 叩き込め!」
ドンッ! ドンッ! と、巨大な木槌が木材を叩き込む鈍い音が、木曽川の川面に絶え間なくこだまする。
作業を行っているのは、俺(明智光秀)が金で雇った、建築の素人である農民や足軽たちだ。だが、彼らが手にしているのは、あらかじめ尾張の秘密工房で寸分違わぬサイズに規格化(プレハブ化)され、ジョイント部分の加工まで完璧に済まされたパーツである。
ただ表面に書かれた墨文字の「あ」と「あ」、「い」と「い」を合わせてはめ込み、上から叩くだけ。
職人のカンや経験、細かな寸法合わせなど、一切不要なのだ。
「……見事だ。凄まじい手際よ」
上座に座る織田信長は、床几から身を乗り出し、目をギラギラと輝かせながらその光景に釘付けになっていた。
「これならば、対岸の敵が川を渡って妨害に来る前に、強固な防衛陣地を構築できる。十兵衛、貴様が『準備は完了している』と言った意味が、ようやく理解できたわ」
「お褒めに預かり光栄です、上様。……ですが、驚くのはまだ早いですよ」
俺は扇子をパチンと閉じ、不敵な笑みを浮かべた。
「木の柵や骨組みを組んだだけでは、敵の火矢や、鉄砲の弾を防ぎ切ることはできません。いかに早く建てようと、燃やされてしまえば元の木阿弥です。……ここからが、私の用意した『真の魔法』です」
俺は、川岸で作業を指揮している現場監督(雇い入れた俺の部下)に向けて、大きく軍配を振った。
「次だ! 組み上がった骨組みの間に『型枠』を打ち付けろ! そして、船から『魔法の泥』を降ろして流し込め!!」
俺の指示が響き渡ると、作業員たちはあらかじめ用意されていた薄い木の板を、骨組みの柱と柱の間に次々と打ち付け、二重の「壁の型」を作り始めた。
そして、別の筏から、奇妙な灰色の粉末が大量に詰められた麻袋と、砂利、そして水の入った樽が次々と陸揚げされる。
「おい、混ぜろ! 水を少しずつ足しながら、全力でこねるんだ!」
作業員たちが大きな木桶の中に灰色の粉と砂利、水を入れ、大きな棒で力任せにかき混ぜ始める。すると、それはみるみるうちに、ドロドロとした粘り気のある「灰色の泥」へと変化していった。
「なんだ、あれは? 泥遊びでも始める気か?」
丹羽長秀が、訝しげに眉をひそめる。
「長秀殿、あれはただの泥ではありません。私が南蛮の文献から知識を引き出し、独自に調合させた……現代で言うところの『三和土の強化版』、あるいは『ローマン・コンクリート』に近いものです」
俺は、得意げに解説を始めた。
この戦国時代において、城の壁といえば「土壁」や「漆喰」が一般的だ。
竹を編んだ小舞に泥を塗りつけ、何日もかけて乾燥させるという、極めて時間と手間の掛かる作業である。しかも、乾燥する前に雨が降れば溶けて崩れてしまうし、鉄砲の弾を完全に弾き返すほどの強度を持たせるには、相当な厚みが必要になる。
だが、俺が持ち込んだこの「灰色の粉」は違う。
石灰石を高温で焼き、それに火山灰や粘土、そして特殊な凝固剤となる植物の汁などを正確な比率で混ぜ合わせた、水和反応によって硬化する【原始的なセメント(コンクリート)】なのだ。
「おい! 型枠の中に流し込め!」
作業員たちが、ドロドロになった灰色のコンクリートを、木の型枠と型枠の間に作られた隙間へと、桶を使って次々と流し込んでいく。
隙間なく流し込まれた泥は、型枠の中で木材の骨組みと完全に密着していく。
「あんな泥を壁の隙間に流し込んで、どうするというのだ? 重みで木が折れるだけではないのか?」
信長が興味深そうに尋ねる。
「上様。あの泥は、水と混ざることで目に見えない熱を発し、数時間後には……『石』よりも硬く変化するのです」
「……石よりも硬くなる、だと?」
信長が目を見張る。
「はい。ただの木の砦であれば、敵が火矢を放てば燃え落ち、大筒や鉄砲で撃たれれば穴が開きます。……ですが、あの泥がカチカチに固まれば、燃えることもなく、敵のあらゆる矢弾を完全に弾き返す、難攻不落の『防弾壁』が完成します。しかも、土壁のように何日も乾かす必要はありません。明日には完全に硬化しています」
現代建築のツーバイフォー(骨組み)と、鉄筋コンクリートの概念の悪魔合体。
戦国時代の常識からすれば、それはまさに人知を超えた「魔法」でしかなかった。
「……なんと」
信長は絶句し、やがて肩を震わせて笑い始めた。
「ふはははは! 木の骨組みに石の壁を流し込むだと! 貴様の頭の中はどうなっておるのだ、十兵衛! これでは敵がどれだけ火薬を使おうと、指をくわえて見ているしかあるまい!」
信長の狂喜の声が陣に響き渡る中、織田軍の将兵たちは、みるみるうちに要塞化していく墨俣の砦を、ただただ畏怖の目で見つめていた。
* * *
一方。
木曽川を挟んだ対岸の美濃・斎藤軍の陣地は、完全にパニックに陥っていた。
「な、なんだあれは!?」
「さっきまで何もない更地だったのに、織田の奴ら、魔法でも使ったのか!?」
彼らの目には、織田軍の作業員たちが「木を切ることもなく」、ただ木のブロックをポンポンとはめ込み、そこに灰色の泥を流し込んでいるだけにしか見えない。
それなのに、みるみるうちに巨大で堅牢な城塞が、地面からニョキニョキと生え出てくるのだ。
この時代の兵士たちの多くは、字も読めない農民の寄せ集めである。科学技術や規格化といった概念など知る由もない彼らにとって、「一夜にして城が建つ」という光景は、論理的な事象ではなく、超常的な『恐怖』の対象でしかなかった。
「ば、化け物だ! 織田の軍には、鬼神か妖怪変化がついておるのだ!」
「あんなもの、人間の業ではない! 城が、地面から生えてきているぞ!!」
パニックは、あっという間に陣全体に伝染した。
異常な光景を目の当たりにした斎藤軍の兵士たちは、弓や鉄砲を構えるどころか、恐怖で顔を引き攣らせ、亡霊でも見たかのようにガタガタと震え上がった。
「馬鹿者! 狼狽えるな! たかが木の柵だ、川を渡って焼き払え!!」
斎藤軍の将たちが必死に怒鳴り声を上げ、兵士たちを鼓舞しようとする。
だが、一度完全に折れてしまった兵士たちの戦意は、二度と回復することはなかった。
「無理だ! あんなバケモノじみた術を使う奴らと、まともに戦えるはずがない!」
「火をつけても、あの『灰色の泥』が火を消してしまうに違いない! 俺たちは呪い殺されるぞ!!」
恐怖に駆られた兵士たちは、上官の命令を無視し、武器を放り出して次々と陣を捨てて逃げ出し始めた。
一人、また一人と逃げ出す者が現れると、それは雪崩を打ったような集団逃亡へと変わった。
斎藤龍興の下で統制が取れていなかった軍隊の脆さが、ここへ来て致命的な形で露呈したのだ。
「おのれ……! 逃げるな! 戻れェェッ!!」
将たちの悲痛な叫び声が虚しく木曽川にこだましたが、誰も振り向こうとはしなかった。
「……勝負あり、ですね」
俺は扇子を閉じ、対岸の崩壊していく斎藤軍を見据えながら、満足げに頷いた。
一切の血を流すことなく。
敵の心を「圧倒的な技術力」による恐怖でへし折り、美濃の喉元である墨俣の地を完全に制圧したのだ。
これこそが、未来知識を用いた俺の目指す『完全攻略』の真骨頂である。
「十兵衛! 見事じゃ! これで美濃は、事実上我らの手に落ちたも同然だ!!」
信長が立ち上がり、高らかに勝利を宣言する。織田軍の陣地からは、地響きのような歓声が巻き起こった。
だが、この歓喜と熱狂の渦の中で。
本陣の最後尾で、一人だけ、完全に魂を抜かれたように膝から崩れ落ちている男がいた。
木下藤吉郎(秀吉)である。
「あ……あ、あ……」
藤吉郎の口から、掠れた、絶望の空気が漏れ出ていた。
彼が泥水すすって、己の出世のすべてを賭けて考えついた「川から丸太を流す」という奇策。
それが、明智光秀という悪魔の手によって、自分が想像もつかないほどの圧倒的なスケールと、未知の「魔法の泥」を使った完全な上位互換として、目の前で実行されてしまったのだ。
この墨俣の地に、彼が入り込む隙など、最初から一寸たりとも存在していなかった。
天才・秀吉の心に、決して癒えることのない絶望の傷が刻み込まれようとしていた。
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