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明智光秀:歴史改変録 ~逆行転生した歴史オタク、三日天下を永遠の覇権へ~  作者: 天音天成
第2章:青年・雌伏編 ~魔王との邂逅と、猿の影~

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第16話:広間の隅の猿(秀吉視点)(改稿版)

「本日、この時より! 明智十兵衛光秀を、我が織田家の『筆頭家老格』として迎え入れる!!」


清洲城の大広間に、雷鳴のような織田信長の宣言が響き渡った。

居並ぶ歴戦の猛将たちが、信じられないものを見るように驚愕のどよめきを上げ、広間が騒然とした空気に包まれる中。


もっとも下座――廊下に一番近く、冷たい風が吹き込む末席に控えていた一人の小柄な男が、息を呑んで平伏していた。


極端に痩せこけた小柄な体躯、ぎょろりとした大きな目と、落ち着きのない手足。誰がどう見ても猿を思わせる、ひどく貧相な風貌の男。

木下藤吉郎きのしたとうきちろう。のちの羽柴秀吉、そして天下人・豊臣秀吉となって歴史にその名を刻む男である。


(……なんちゅう男じゃ)


藤吉郎は、平伏したまま床の冷たい木目を凝視し、全身の毛穴からじわりと粘り気のある、嫌な冷や汗が噴き出すのを感じていた。

ただの汗ではない。自分の存在意義そのものを根底から揺るがされるような、本能的な「恐怖」と「絶望」の汗だった。


尾張国の中村という、名もない貧しい農村に生まれた藤吉郎の人生は、文字通り、泥水と血の味がする這い上がりの連続だった。

織田家の重臣として上座でふんぞり返っている柴田勝家や丹羽長秀とは、生まれの時点で根本から違うのだ。彼らは武士の家系に生まれ、幼い頃から良質な飯を食い、剣の握り方を教わり、親から受け継いだ領地と家臣を最初から持っていた。


だが、藤吉郎には何もない。剣の腕もなければ、後ろ盾となる一族もない。身長は低く、腕力で敵の首を獲って武功を立てることなど到底不可能だ。

そんな彼が、この血生臭い戦国乱世を生き抜き、信長の直参にまで登り詰めるために持っていた唯一の武器。

それは、這いつくばってでも他人の心に取り入る「人たらし」の才覚と、誰よりも早く正解を導き出し、物事を効率よく回す「計算高い頭脳」だけだった。


(わしは、誰よりも頭を使い、泥をすすって生きてきたんじゃ……!)


清洲城の崩れた土塀の修繕を任された時のことを、藤吉郎は昨日のことのように思い出せる。

武士たちが「泥仕事など下賤な者のやることだ」と嫌がり、何日経っても一向に進まなかった普請ふしん。そこに自ら飛び込み、大工たちを数組に分けて激しく競わせ、自腹を切って酒と飯を振る舞って夜通し働かせることで、たった数日で土塀を完全に直してみせた。

冬の台所のまきの消費量が異常に多いことに気づいた時は、古参の役人たちがくすねていた帳簿の嘘を完璧に見抜き、無駄を激減させて信長を大いに喜ばせた。


誇り高き武将たちが鼻をつまんで避けるような、泥臭い下働き。誰も気づかないような、兵站ロジスティクスと物資調達の裏方仕事。

藤吉郎は、それらを喜んで引き受けてきた。

針の穴を通すような気配りと、絶対に失敗しない実務能力。それこそが、腕力を持たない彼が織田家で生き残り、のし上がるための唯一の命綱だったからだ。


(どんな猛将たちが御前でふんぞり返っていようとも、『知恵』と『実務』において、自分こそが上様にとって最も役立つ、唯一無二の家臣である。いずれ必ず、この知恵で武将どもの上に立ってやるわ!)


その強烈でどす黒い自負こそが、藤吉郎の細く貧相な体を支える、鋼の背骨だった。

信長もまた、藤吉郎のその実務能力を高く買い、農民上がりでありながら足軽組頭へと引き上げ、着実に出世の階段を登らせてくれていたのだ。


だが。

今、目の前で繰り広げられた、あの明智十兵衛光秀という男の「狂気じみたプレゼンテーション」は、藤吉郎のその自負と常識を、根底から粉々に打ち砕くものだった。


人間の心理と組織の構造を読み解き、未来の裏切り者をピンポイントで言い当て、それを防ぐための心理的アプローチを提示する。

さらに、国と国との戦いを、刀や槍ではなく『経済封鎖』と『物流の支配(関所の撤廃)』という見えない力で完全にコントロールする。


「鬼柴田」と恐れられる柴田勝家や、「退き佐久間」と呼ばれる佐久間信盛といった、戦場で敵の首を獲ることしか頭にない古い武将たちは、この光秀という男が語った戦略の『本当の恐ろしさ』を、おそらく半分も理解できていないだろう。

彼らの頭にあるのは、「戦場にも出ず、商人のような卑怯な真似で敵を干し殺して勝つなど、武士の風上にも置けぬ」という、的外れな感情的な反発だけだ。


だが、誰よりも頭を使い、一文の銭の重みと、米や薪といった「物資の流通(兵站)」の重要性を、泥水の中で学んできた藤吉郎の天才的な頭脳は違った。


(あの明智の策……恐ろしい。あまりにも恐ろしすぎる。刀も槍も使わず、敵の国境を封鎖して『塩』と『火薬』を止めるじゃと? そんな真似をされれば、どんな精強な軍勢であろうと、ひと月も経たずに自壊するに決まっておる……!)


藤吉郎は、想像して震え上がった。

自分がどれほど苦労して兵糧を集め、荷駄隊を組織しようとも、もし敵にこの『経済封鎖』というマクロな戦術を使われ、流通の根元を絶たれてしまえば、すべては戦う前に無に帰す。

自分が行ってきた「薪の節約」や「土塀の修繕」といった実務が、まるでおままごとのように小さく、取るに足らないことに思えてくるほどの、圧倒的なスケールの違い。


(わしが小銭を勘定して喜んでおる間に、あの男は日の本全体の金と物の流れを支配しようとしておる……! まるで、見ている盤面の大きさが違いすぎる!)


光秀の提示した『マクロ経済による国家封鎖』の異常性と、それがもたらす絶対的な支配力を、この広間で信長以外に完璧に理解してしまったのは、皮肉にも、もっとも身分の低い末席に座る藤吉郎ただ一人だったのだ。


だからこそ、藤吉郎の、乱世を生き抜くための研ぎ澄まされた「野生の勘」が、かつてないほどの最大級の警鐘を脳内で鳴らしていた。


(あんな化け物が、上様の側近に収まり、軍の頭脳となってしまえば……わしの出世の道が……これまでの血を吐くような苦労が、すべて奪われかねん!)


焦燥。嫉妬。そして、激しい危機感。

藤吉郎の最大の武器である「知恵」と「実務ロジスティクス」が、明智光秀という未来の知識を持つイレギュラーによって、完全に『上位互換』として叩き潰されようとしているのだ。

あの男の知略があれば、藤吉郎が得意とするような小手先の調略や兵糧調達など、もはや不要になるかもしれない。

このままでは、自分は永遠に光秀の足元で這いつくばる、ただの下働きで終わってしまう。


だが、藤吉郎は生粋の「野心家」でもある。

ただ絶望して指をくわえ、涙を流すだけの男なら、農民から足軽組頭にまで出世することなどできはしない。ピンチはチャンスだ。身分違いの壁など、これまで幾度となく愛嬌と機転で乗り越えてきたではないか。


(相手がいかに天才であろうと、所詮は人間じゃ。必ず欲があり、自尊心があり、付け入る隙があるはずだ)


藤吉郎は、平伏したまま、ギラリと目を光らせて思考を高速回転させた。


(武骨な柴田様や丹羽様たちは、あの明智を「得体の知れぬ新参者」として必ず警戒し、激しく反発するじゃろう。……ならば、逆にわしの方から、真っ先にあの男の懐に飛び込んでやる。向こうがこちらを『ただの身分の低い、人畜無害な猿』と見下して油断しているうちに、深く、深く入り込むんじゃ)


相手の心を解きほぐし、懐に入り込む「人たらし」の才覚。それにかけては、藤吉郎は日本一の自信がある。

あの化け物のような男の腹の中を探り、仕事のやり方を盗み、あわよくば自分の味方(後援者)に引き込んで、天下への出世の極上の踏み台にしてやる。


(待っておれよ、明智殿。わしは必ず、お主を利用して、お主の上に立ってみせるわい……!)


藤吉郎の腹の底で、ドス黒くも強靭な下克上の炎が燃え盛る。


やがて評定が終わり、信長が「義昭への挨拶に向かう」と上機嫌で大広間から奥へと引っ込んだ。

それを見送った後、光秀が居並ぶ武将たちに優雅に会釈をし、悠然と大広間を退出していく。柴田や丹羽たちは、忌々しそうにその背中を睨みつけていた。


藤吉郎は、自らの顔の筋肉を瞬時に操作した。

愛嬌たっぷり、無害で従順な「いつもの猿の笑顔」を、顔面にしっかりと糊付けする。

そして、誰よりも早く音を立てずにすり足で廊下へ飛び出すと、光秀の大きな背中を小走りで追ったのである。


のちに天下の覇権を巡って激突することになる、戦国最高の「下克上の天才」と「未来知識のチート軍師」。

二人の宿命のバトルは、この薄暗い立政寺の廊下で、静かに、そして苛烈に幕を開けようとしていた。

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