第15話:最強バディの誕生(改稿版)
「……くっ……くくく……!」
信長は肩を揺らし、やがて顔を上げて、大広間の天井が吹き飛ぶほどの凄まじい声で大爆笑した。
「あっははははは!! 面白い! 経済制裁だと? 一滴の血も流さずに、国ごと敵を干し上がらせて勝つだと!?」
信長は床几から勢いよく立ち上がると、俺の目の前まで大股で歩み寄ってきた。
そして、俺の両肩をガシッと力強く掴み、野獣のような瞳で俺の目を至近距離から覗き込んだ。その目には、自分と同じ高み、いやそれ以上の視座を持つ者をようやく見つけたという、純粋な歓喜の炎が燃え盛っていた。
「貴様、本当に人間か? まるで『百年先の未来』から、天下の形をすべて見てきたかのような口ぶりではないか!」
織田信長は、俺(明智光秀)の両肩をガシッと掴んだまま、歓喜と狂気が入り混じった野獣のような瞳で、至近距離から俺の顔を覗き込んでいた。
彼が放つ圧倒的な熱量と覇気。それは、自分と同じ高み、いや、それ以上のマクロな視座を持ってこの世界を見下ろしている「未知の怪物」にようやく出会えたという、純粋な喜びの爆発だった。
周囲の家臣たちが、俺の放った「経済封鎖」という異次元の戦略にドン引きし、武士としての価値観を揺さぶられて青ざめている中。この魔王だけは、その戦略の恐ろしさと合理性を瞬時に理解し、己の力として吸収しようとしている。
史実において、古い権威や迷信を徹底的に破壊し、鉄砲の連続射撃や兵農分離といった革新的なシステムを次々と導入した「戦国最高のイノベーター」。その類まれなる柔軟な知性が、今、俺の持つ【現代知識チート】と完璧に噛み合おうとしていた。
俺は信長の燃えるような瞳を真っ直ぐに見返し、扇子を広げて不敵に微笑んだ。
「お褒めにあずかり、光栄にございます。……ですが、上様。私の見ている盤面は、この狭い『日の本』だけではありません」
「……なに?」
「私は上様を、ただの『日の本の覇者』で終わらせるつもりは毛頭ありません。いずれこの国を一つにまとめ上げた後……南蛮の毛唐どもすらひれ伏す、海の向こうの『世界の覇者』にして差し上げるために参ったのですから」
俺の口から飛び出した、さらなる大風呂敷。
当時の日本人にとって、「世界」といえば明(中国)か天竺程度のものであり、地球が丸いことすら一部の者しか知らない時代だ。
だが、南蛮の品を愛し、地球儀を見たことがあるであろう信長にとっては、俺の言葉は単なる妄言ではなく、彼自身の果てしない野心を強烈に刺激する極上の『劇薬』だった。
「世界の、覇者だと……っ!」
信長の肩が、大きく震えた。
彼の手が俺の肩から離れ、自らの顔を覆うようにして天を仰いだ。そして。
「あっははははは!!! 愉快だ! 痛快極まりないぞ、十兵衛!!」
大広間の天井を突き破らんばかりの、凄まじい大爆笑。
信長は涙が出るほど笑い転げ、やがて鋭い眼光を再び俺へと向けた。
「よかろう! 貴様のその底知れぬ化け物じみた頭脳、そして世界を飲み込もうとするその野心! この織田信長が、最高値で買ってやる!!」
信長は床几の前に仁王立ちになり、大広間に居並ぶすべての家臣たちに向かって、雷鳴のような大音声で宣言した。
「皆の者、聞け!! 本日、この時より! 明智十兵衛光秀を、我が織田家の『筆頭家老格』として迎え入れる!! 以後、十兵衛の采配は俺の采配と思え!!」
「「「なっ……!?」」」
その瞬間、広間に控えていた猛将たちから、悲鳴に近い驚愕のどよめきが上がった。
無理もない。当時の武家社会において、家臣の序列(身分)とは絶対的なものである。
代々仕えてきた譜代の家臣が最も偉く、新参者は一番下から泥水すすって這い上がるのが常識だ。ましてや俺は、昨日まで美濃や越前をフラフラしていた得体の知れない浪人であり、足利義昭の使い走りに過ぎないと思われていた男なのだ。
それを、長年織田家を血と汗で支えてきた「鬼柴田」こと柴田勝家や、実務の要である丹羽長秀らと同列、いや、軍略の全権を預ける「筆頭家老格」として一気に迎え入れるというのだから。常軌を逸した、破格中の破格の大抜擢である。
「う、上様! お待ちくだされ!!」
たまらず床に額を擦りつけ、血相を変えて声を上げたのは、やはり柴田勝家だった。
「いくら公方様をお連れした功績があるとはいえ、どこの馬の骨とも知れぬ浪人を、いきなり筆頭家老格に据えるなど前代未聞にございます! 織田家のために長年血を流してきた古参の者たちが、到底納得いたしませんぞ!」
「勝家殿の申す通りです! 経済だの封鎖だの、口先では何とでも言えまする! 戦場での働きも見ていない者を軍の要職に据えるなど、あまりにも危険すぎます!」
佐久間信盛もそれに同調し、必死に信長を諫めようとする。
古い武将たちの、当然の反発だ。彼らにとって、俺の存在は自分たちの既得権益とプライドを根底から破壊する「猛毒」でしかない。
だが、信長は彼らの必死の諫言を、鼻で笑って一蹴した。
「馬鹿者どもが。貴様らは、まだあの下らない『古い常識』に縛られておるのか」
信長の冷酷な一瞥に、勝家たちはビクッと肩を震わせた。
「俺は、血筋や過去の年功など一切評価せん。評価するのはただ一つ、今この瞬間に『どれだけの役に立つか(実力)』だけだ」
信長は、広間に響き渡る声で断言した。
「十兵衛は、ただ神輿(将軍)を運んできただけの使い走りではない。敵の裏切りを事前に潰す『目』と、戦わずして国を落とす『天下の獲り方』そのものを、俺の目の前に持ってきたのだ。……これ以上の価値があるか? 貴様らの中に、十兵衛と同じ戦略を描ける者が一人でもいるなら、名乗り出てみよ!!」
信長の圧倒的な気迫と正論の前に、勝家も佐久間も、奥歯をギリッと噛み締めたまま完全に沈黙するしかなかった。
武力でしか物事を解決できない彼らには、俺の提示したマクロ経済や心理学の戦略に反論するだけのボキャブラリーすら持ち合わせていなかったのだ。
「俺の歩む覇道は、これまでの誰も歩んだことのない道だ。古い常識にすがり、十兵衛の知略の価値すら理解できぬ頭の固い者は、容赦なく切り捨てる。……俺の目指す天下に付いてこられる者だけが、俺の家臣だ。分かったな!」
魔王の絶対的な宣言。
広間は水を打ったように静まり返り、猛将たちは「は、ははっ……!」と屈辱と畏怖の入り交じった声で平伏するしかなかった。
俺は、その様子を涼しい顔で見下ろしながら、信長の斜め後ろに控える義妹・帰蝶(濃姫)と、ほんの一瞬だけ視線を交わした。
彼女の美しい顔には、扇子で隠しきれないほどの誇らしげな笑みが浮かんでいた。彼女が長年、信長に対して「私の兄(十兵衛)は天の理を知る男」と刷り込み続けてくれたおかげで、この大抜擢がスムーズに通った部分も大きい。最高のサポートだった。
「十兵衛」
信長が再び俺に向き直り、ニヤリと笑った。
「俺の天下布武、貴様のその悪魔の知略で、完璧に支えてみせよ」
俺は静かに一歩前に出ると、信長に向かって深く、しかし「家臣が主君に媚びへつらう」のとは違う、対等のパートナーとしての礼をとった。
「私の知略、現代……いや、未来の知識と、堺の経済力のすべてを、上様の覇業に捧げましょう。……その代わり、上様には、私の思い描く『誰も見たことのない景色』への道を切り拓く、最強の『矛』であっていただきます」
「……面白い。この魔王を、己の矛として使うと申すか」
信長は不快がるどころか、ますます面白そうに肩を震わせた。
「よかろう。貴様が俺に極上の道(兵站)を用意し続ける限り、俺は貴様の矛として、邪魔な古い権威どもを片っ端から叩き斬ってやるわ!」
ここに、戦国の常識を物理で破壊する魔王・織田信長と、歴史オタクの未来知識チート軍師・明智光秀による、最狂の「天下布武バディ」が完全に誕生したのだった。
史実において、光秀は信長の過酷な要求にすり減り、精神を病んで謀反を起こす悲劇の家臣だった。
だが、この世界線の俺は違う。俺が完璧なロジスティクスと戦略を提供し、信長がそれを実行する。俺が手綱を握り、魔王を「世界の覇者」へとプロデュースするのだ。
これからの歴史は、俺の手によって、血を流さない歴史へと書き換えられていく。
俺と信長が、互いの野心をぶつけ合いながら獰猛に笑い合っていた、まさにその歓喜の絶頂の瞬間。
俺はまだ、はっきりとは視認していなかった。
大広間の最も下座、廊下に一番近く、冷たい風が吹き込む末席の薄暗い隅。
そこに控えていた一人の小柄な男が、俺たちのやり取りを食い入るように見つめ、顔面を蒼白にさせながら、滝のような冷や汗を流して震えていたことに。
(な、なんちゅう化け物じゃ……!)
木下藤吉郎。のちの豊臣秀吉。
歴史上最大の「下克上の天才」が、俺というイレギュラーな存在の前に、人生初の圧倒的な恐怖と絶望を味わっていた。
のちに俺と天下の覇権を巡って激突することになる最大の宿敵――猿との熾烈なマウントバトルは、俺が魔王の右腕に収まったこの瞬間から、すでに静かに幕を開けていたのである。
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