第14話:プレゼン② ~経済封鎖の青写真~(改稿版)
「……けいざい、だと? かへい、とういつ?」
聞き慣れない言葉に、信長だけでなく、居並ぶ柴田勝家や丹羽長秀といった歴戦の武将たちも一様に怪訝な顔をした。
当時の武将たちにとって、国を豊かにし、天下を獲るとは「他国の領地(米が取れる土地)を武力で奪い取ること」に尽きる。
「経済」という、国全体の金の流れや物流のシステムをマクロな視点で捉える概念自体が、この時代にはまだ存在していないのだ。
「現在、日の本には中国大陸から渡ってきた明銭(永楽通宝など)と、国内で粗悪に作られた『鐚銭』が混在して流通しています」
俺は脳内にインストールされた【マクロ経済】と【現代金融】のデータをフル稼働させ、信長に向けてスラスラと語り始めた。
「良質な銭と粗悪な銭が混ざるとどうなるか。人は、良質な銭を家の奥に溜め込み、支払いの時には粗悪な鐚銭ばかりを使おうとします。結果、市場には欠けたりすり減ったりした質の悪い銭ばかりが溢れ返る。……取引のたびに『その銭は受け取れない』『いや受け取れ』という撰銭の争いが起き、物の売り買いが深刻に停滞しているのが現状です」
のちの時代にイギリスの経済学者トーマス・グレシャムが提唱する経済の絶対法則、『悪貨は良貨を駆逐する』というメカニズムを、俺は分かりやすく解説した。
「さらに問題なのは、各大名や寺社勢力が、自分の領地に勝手に『関所』を設け、そこを通る商人たちから法外な通行税を絞り取っていることです。……これでは、いくら上様が武力で広大な領土を切り取ろうとも、血管のあちこちに血栓(関所)が詰まり、血流(物流と金)が滞った病の身体と同じ。国全体は、決して豊かにはなりません」
「……なるほど。血管に詰まった血栓、か。実に分かりやすい例えだ」
信長は顎を撫でながら、鋭い視線を俺の顔に固定した。彼の並外れた知能が、俺の語る『経済』という概念を凄まじい速度で吸収し始めているのが分かる。
「では、その血流を良くし、国を豊かにするにはどうするのだ?」
「私がすべて、解決の手筈を整えております」
俺は扇子をパチンと鳴らした。
「私はすでに、日の本の経済の心臓部である『堺』の会合衆……その筆頭である天下の豪商・今井宗久を、完全にこちらの陣営に引き入れております」
「「「なっ……!?」」」
広間に控えていた武将たちが、一斉に息を呑んだ。
堺の今井宗久といえば、大名すらも頭が上がらない、莫大な富と鉄砲の流通を牛耳る怪物である。その男を、この美濃から来た浪人風情が「手駒に引き入れた」と断言したのだ。
あまりにもスケールの大きすぎる話に、勝家たちは口を半開きにしている。
「彼らを通じて、私が美濃と石見から産出させた最高純度の『極上の灰吹銀』を基軸とした、絶対的に信頼できる新しい貨幣の流通網と、莫大な資金をすでに確保しております。粗悪な鐚銭による争いは、この圧倒的な純銀の信用力で完全に駆逐されます」
俺は、信長の目を真っ直ぐに見据えた。
「上様が義昭様を奉じて上洛された暁には、畿内に点在する関所をすべて物理的に叩き壊し、寺社や特権商人が利益を独占している『座』を解体してください。……すなわち『楽市楽座』を、国家規模で徹底的に推し進めるのです」
史実においても信長が行った政策だが、俺の狙いはさらにその先にある。
「関所という血栓を力技で取り除けばどうなるか。堺に集まる莫大な富と、南蛮からの最新の武器や品々は、水が高いところから低いところへ流れるように、障害物のなくなった上様の領土へと濁流のように流れ込んできます。……天下の富は、すべて上様の血肉となるのです」
「……ふむ」
信長は手に持っていた裏切り者の巻物を無造作に置き、俺の話に前のめりになって身を乗り出してきた。
その瞳の奥で、戦国大名という狭い枠に収まらない、天下人としての『渇望』の火がメラメラと燃え上がり始めている。
だが、俺のプレゼンはここで終わりではない。
経済を「国を豊かにする守りの道具」としてだけでなく、「敵を殺す最強の矛」として使う方法――。
「さらに。この圧倒的な経済力と物流の支配網は、敵対する大名に向けた最強の『兵器』となります」
「経済が、兵器だと?」
信長が面白そうに目を細める。
「はい。たとえば、甲斐の武田信玄が誇る無敵の騎馬隊や、大坂の石山本願寺が抱える狂信的な一向一揆と恐るべき鉄砲隊。……彼らのような強大な敵に対しては、我々は正面から武力でぶつかって無駄な血を流す必要はありません」
俺は、冷徹な死神のような声で、現代の戦争の概念をこの戦国時代に叩きつけた。
「『経済制裁』を行います」
「けいざい、せいさい……? なんだ、その奇妙な言葉は」
鬼柴田こと柴田勝家が、たまらず口を挟んだ。
「敵の城を包囲して兵糧を断つ『兵糧攻め』の、さらに極大にしたものだとお考えください。敵の『城』を囲むのではありません。敵の『国全体』を、金と物流の壁で完全に包囲し、孤立させるのです」
俺は扇子で、床に広げた日本地図の『甲斐国(山梨県)』や『大坂』を指し示した。
「武田家のような内陸の国には、海がありません。人間が生きていく上で、そして戦馬を維持する上で絶対に欠かせない『塩』を、他国からの輸入に頼っています。また、本願寺の最大の武力である鉄砲隊には、南蛮から輸入する『硝石(火薬の原料)』が不可欠です」
当時の武将たちは「野戦で敵の首を獲る」という局地的な発想は持っていたが、「国家間の物流ネットワーク(サプライチェーン)そのものを遮断して、国全体を枯渇させる」というマクロな発想は持っていなかった。
「我々は、堺の商人たちや全国の流通網を完全に統制し、敵国への『塩』『鉄』、そして『硝石』の輸出網を、一切の例外なく停止させます。我々の定めた法を破り、裏で敵に密輸しようとする商人がいれば、見つけ次第、容赦なく一族郎党すべて死罪とする。……そうして、敵の国境を物流の壁で完全に塞ぐのです」
「な……国ごと、干し上がらせるというのか……?」
丹羽長秀が、その想像を絶するスケールの戦術に、背筋を凍らせたように呟いた。
「その通りです。物資の入らない国は、戦う前に内部から腐り、崩壊します。武田の無敵の騎馬隊も、鉄が輸入できなければ馬に蹄鉄が打てず、槍の刃もこぼれたままです。塩がなければ兵も馬も動けなくなる。本願寺の鉄砲隊も、火薬が尽きればただの重い鉄の筒を持った烏合の衆に成り下がる」
俺は扇子で畳をピシャリと叩き、断言した。
「戦場に出る前に、彼らの牙はすべてへし折られているのです。我々は一滴の兵の血も流さずに、座ったまま敵の首根っこを掴み、真綿で首を絞めるように圧倒することができる。……これこそが、私の提示する真の『天下布武』の形にございます」
広間は、再び重く、深い静寂に包み込まれた。
柴田勝家や佐久間信盛といった、戦場で槍を振り回し、血を流して手柄を立てることこそが武士の誉れだと信じて疑わない古い武将たちの顔には、明確な「嫌悪感」と「困惑」が浮かんでいた。
(戦場にも出ず、商人のような真似で敵を干し殺して勝つなど、武士の風上にも置けぬ卑怯な策ではないか……!)
彼らの表情は、そう物語っている。
だが。
俺の目の前に座る、一人の天才だけは違った。
織田信長は、腕を組み、目を閉じていた。
その脳内で、俺の提示した「マクロ経済による国家封鎖」と「ロジスティクス(兵站)の絶対支配」という未曾有の戦略が、凄まじい勢いで咀嚼され、完璧なシミュレーションが行われているのだ。
カチリ、カチリと、魔王の脳の歯車が高速で回る音が、幻聴のように聞こえてくる。
やがて。信長はゆっくりと目を開き……俺の顔を、穴のあくほど真っ直ぐに見つめた。
疑念でも、怒りでもない。
古い常識を憎み、常に新しい合理性を求めてやまない彼にとって、俺の持ってきた『百年先の未来の概念』は、まさに彼が喉から手が出るほど求めていた、天下を獲るための最後のピース(解答)だったのだ。
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