第9話:都合の良い「金ピカの神輿」(改稿版)
「恩賞など、まったく不要にございます。私が求めているのは、義昭様が再び天下の将軍として、京の都でまばゆく輝かれることのみ。……それよりも義昭様、どうか、これをご覧ください」
俺は手に持っていた扇子をパチンと広げ、部屋の隅に控えていた俺の傭兵たちに向けて、小さく合図を送った。
スッ……と、客間のふすまが開く。
そして、筋骨隆々の屈強な男たちが、二人がかりで重そうな『白木の木箱』を次々と運び込んできた。
ドスンッ、ドスンッ。
木箱が畳の上に置かれるたびに、尋常ではない重量感で床がミシミシと軋む音を立てる。
一つや二つではない。十箱、二十箱……次々と運び込まれ、広い客間を埋め尽くさんばかりに積み上げられていく。
「な、なんだこれは……? 随分と重たそうだが、京へ上るための着物か何かか? それとも、ありがたい経典や書物か?」
義昭が、不思議そうに首を傾げる。
無理もない。一文無しの流浪の身である彼にとって、これほど大量の物資が自分に届けられる理由など想像もつかないのだ。
「いいえ。……将軍家再興のための、『軍資金』にございます」
俺は静かにそう告げると、自らの手で、一番手前にある木箱の蓋に手をかけ、一気に開け放った。
そして、次々と残りの箱の蓋も開けていく。
パァァァァッ……!!
その瞬間。部屋に置かれた行灯の灯りを反射して、眩いばかりの『黄金』と『白銀』の輝きが、義昭の顔を下から暴力的なまでに照らし出した。
「なっ……!!?」
中に入っていたのは、綺麗に小判型に成形された金塊。俺が石見銀山から引き出し、堺で最高純度に精錬させた極上の『灰吹銀』の山。
さらに別の箱には、金糸や銀糸が贅沢に織り込まれた最高級の西陣織の反物が山積みになり、別の箱には、南蛮渡来の美しく透き通るガラス細工や、大粒の真珠といった宝石類がぎっしりと詰まっていた。
「あ……あ、あ、ああ……っ!?」
義昭は完全に腰を抜かし、金塊の山を震える手で指差したまま、声にならない悲鳴を上げた。
目玉がこぼれ落ちそうなほどに見開かれ、口はパクパクと金魚のように開閉を繰り返している。
「こ、こ、これは……なんじゃ!? 幻か!? 狐狸の類に化かされておるのか!? 私の目が、おかしくなってしまったのか!?」
義昭が半狂乱になって自らの目をこする。
「幻ではございません。正真正銘、本物の金銀財宝です」
俺は涼しい顔で、銀の延べ棒を一本手に取り、義昭の震える手のひらにそっと乗せてやった。
ズシリ、とした冷たくて重い、純銀の確かな感触。
「ヒッ……!!」
その重みに、義昭は弾かれたように悲鳴を上げた。
「これは、堺の会合衆――特に豪商・今井宗久たちからの、次期将軍であられる義昭様への『献上金』にございます。私が独自の商いと交渉によって、集めてまいりました。……これらはすべて、義昭様ご自身の采配で、自由にお使いください」
俺がもたらした複式簿記による経営改革と、石鹸の独占販売。それによって今井宗久の商会が得た莫大な利益の『還元分』である。
一介の地方大名の国家予算すら軽く凌駕する、圧倒的な財力。それを、一文無しの男の目の前に、これ見よがしにドカンと積み上げたのだ。
「じ、自由に使ってよいのか!? この、国が一つ買えるほどの莫大な金を!? わ、私が!?」
義昭の目が、完全に黄金の魔力に釘付けになっている。瞳孔が開き、呼吸が荒くなり、よだれすら垂れそうな勢いだ。
ほんの数分前まで「自分には金も力もない」と卑屈になっていた彼のコンプレックスは、この瞬間、完全に蒸発して消え去った。
戦国時代の権威とは、不思議なものだ。天皇や将軍という「血筋」だけがあっても、金がなければ誰も動かないし、見向きもされない。だが、「絶対的な血筋」と「圧倒的な金」が組み合わさった時、それは誰も逆らうことのできない『最強のカード』へと変貌するのだ。
「もちろんです。これらはすべて、将軍家のものですから」
俺は恭しく平伏し、最も甘く、最も彼を人間として堕落させるための『悪魔の囁き』を、耳元で優しく落とした。
「義昭様。貴方様は、天下の将軍となられる高貴なお方です。貧相な身なりで諸侯を頼ったり、他国の大名にペコペコと頭を下げるような真似は、決して、絶対になさらないでください。それは将軍家の威信に関わります」
「う、うむ……! そうじゃな! 私は将軍じゃ! 誰にも頭を下げるいわれはない!」
義昭が、金塊を抱きしめながら力強く頷く。
「ええ。貴方様はただ、最高級の西陣織をまとい、豪華な御殿の奥で優雅に微笑み、諸大名を鷹揚に見下ろしていればよいのです」
俺は、彼の脳内に「何もしなくていい」という極上の甘えを刷り込んでいく。
「政の面倒な実務や、他国との泥臭い交渉、兵糧の工面、そして暗殺者と渡り合うような危険な裏仕事は……すべて、この明智十兵衛光秀が代わりに啜ります。貴方様の美しい手を汚す必要など、欠片もございません。……すべて、私にお任せください」
史実において、細川藤孝たち真面目な幕臣は、義昭に「将軍としての自覚と、政務への努力」を求めた。それが義昭にとって重荷となり、やがて反発を生んだ。
だが、俺は違う。
「貴方は何もしなくていい。ただ飾られているだけでいい」と、彼から思考力と行動力を完全に奪い取るのだ。
「おお……おおおおお!」
義昭はボロボロと感涙を流し、金塊を抱いたまま、俺の肩をガシッと力強く掴んだ。
「十兵衛! お前は我が『子房(張良=中国の前漢を支えた天才軍師)』ぞ! いや、それ以上だ! お前さえいれば、百万の軍勢を得たも同然じゃ! これよりお前を、我が最も信頼する側近として、重用しよう! お前の言うことなら、何でも聞くぞ!」
「はっ。ありがたき幸せに存じます」
俺は深々と頭を下げたまま、前髪の影で冷たく、そして邪悪に笑った。
(チョロい。……完全に落ちたな)
これで足利義昭は、俺の言うことなら何でも聞く『都合の良い金ピカの神輿』として完成した。
彼に他国の大名と密書を交わすような、余計な謀略を巡らせる隙など与えない。ひたすら贅沢をさせ、政治の決定権を俺に丸投げさせる「完全依存状態」を作り上げたのだ。
のちに信長を苦しめる『信長包囲網』というバッドエンドの芽は、発芽する前に俺が根こそぎ摘み取ったのである。
歴史の強制力が生み出すはずだった厄介なトラブルメーカーは、こうしてただの無害な金持ちのボンボンへと改造された。
「さて、義昭様。我々には莫大な金と、絶対的な権威がありますが……残念ながら、自前の『兵(武力)』がおりません。この金を使って、我々を京へ送り届けてくれる、強力な軍勢を持つ大名を探さねばなりません。……私に、心当たりがございます」
俺が顔を上げると、完全に俺を頼り切った目をした義昭が、興奮気味に身を乗り出してきた。
「おお! どこだ? やはり今我々が滞在しておる、ここ越前の朝倉義景か? それとも甲斐の武田か、越後の上杉か?」
「いいえ」
俺は即座に首を横に振った。
一乗谷の泥舟(朝倉義景)に、これ以上構っている暇はない。俺は立ち上がり、京の都を越えたさらに南東の空――東海の方角を鋭く見据えた。
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