第4話:黒い石の覇権と、未来のエネルギー(改稿版)
「銀の利益で、南蛮船から鉄砲を買い集めるだけでは足りない。……これからは、『鉄』そのものを支配するのだ」
俺の言葉に、完全に屈服し、畳に額をこすりつけていた今井宗久が、恐る恐る顔を上げた。
「鉄……にございますか? もちろん、鉄砲の筒や農具を作るために、鉄はいくらあっても困らぬ品にございますが。……しかし、明智様。鉄の生産をこれ以上増やすには、いささか『限界』がございます」
宗久は、商人としての現実的な懸念を口にした。
「現在の日本の製鉄(たたら吹き)は、山から切り出した膨大な『木炭』と『砂鉄』を必要といたします。すでに各地の山は木が伐り尽くされ、はげ山となりつつあります。鉄をこれ以上作ろうとすれば、たちまち燃料である木炭が枯渇し、かえって国が立ち行かなくなりまする」
「その通りだ、宗久殿」
俺は扇子を広げ、満足げに頷いた。
「鉄を大量に溶かし、強固な大砲や、何万丁という鉄砲の筒、そして私が造ろうとしている『巨大な鉄の船』を生産するためには、木炭の火力と量では絶対に追いつかない。……木炭に依存したままでは、いずれ日本の工業は完全に頭打ちになる」
前世の歴史データが、それを証明している。
のちのイギリスで『産業革命』が起きた最大の要因は、森林伐採による木炭枯渇の危機に直面した人類が、新たな熱量へと劇的な転換を図ったからだ。
「そこで、宗久殿。お主に極秘で集めてもらいたいものがある」
「何なりとお申し付けください」
「銀の次は……『黒い石』を集めてほしい」
「……黒い石、でございますか?」
宗久が、眉間に深いシワを寄せ、不可解そうに首を傾げた。
「そうだ。はるか西……九州の筑前や豊前(現在の福岡県周辺)の山肌や地表で採れる、燃える黒い石だ。現地では『石炭』や『燃える石』などと呼ばれているはずだ」
当時の日本でも、九州の一部などで石炭が地表に露出していることは知られており、ごく小規模な採掘は行われていた。
だが、石炭は燃やすと強烈な悪臭(硫黄酸化物などのガス)と黒煙を放つ。そのため、家庭の囲炉裏の燃料には適さず、武士や公家からは「下賤な臭い石」として見向きもされていなかった。一部の製塩業や、農具を作る小さな田舎の鍛冶屋の燃料として、細々と使われているに過ぎない。
「あの臭い石にございますか……? 確かに火持ちは良いと聞き及びますが、木炭に比べれば煤も酷く扱いづらく、到底高値で売れる代物ではありません。それを、わざわざ買い集めると?」
「そうだ」
俺は、冷徹な支配者の笑みを浮かべた。
「誰も価値に気づいていない『今』だからこそ、集めるのだ。……表向きは、『今井商会が製塩業や陶器の窯のために、安い燃料を買い叩いている』という名目でカモフラージュしろ。九州の国衆たちに金を掴ませ、採掘の利権を今の二束三文のうちにすべて買い占めるのだ。そして、採掘した石炭は、堺と美濃の極秘の蔵に、山のように備蓄しておけ」
石炭が持つ、木炭とは比較にならない圧倒的な燃焼カロリー。
それがあれば、巨大な高炉で大量の鉄を溶かすことができる。
そして何より――数十年後、俺が世界を征服するために建造する巨大な装甲ガレオン船『NOBU号』の心臓部。
水を沸騰させて爆発的な推進力を生み出す【蒸気機関】を動かすためには、この石炭の山が絶対に、死活問題として必要なのだ。
俺は、扇子をパチンと閉じ、宗久の目を真っ直ぐに射抜いて、歴史の真理を告げた。
「銀を集める商人は多い。……だが、『黒い石』を集める者は、この日の本にはまだ誰もいない」
宗久が、息を呑む。
「宗久殿。よく覚えておけ。十年後、いや二十年後。その『黒い石』の利権を完全に握った者が……この日の本の、海と鉄のすべてを支配することになる」
「――ッ!!」
宗久の背筋に、雷に打たれたような強烈な電流が走った。
彼の商人の本能が、俺の言葉の背後にある「途方もない未来の風景」を幻視したのだ。
山が禿げるほど木を切らねば作れなかった鉄が、誰も見向きもしない臭い黒石によって無尽蔵に生産される未来。
その鉄が、見たこともない巨大な船となり、大砲となり、天下の勢力図を根底から塗り替えていく未来。
そして、そのすべての『燃料の蛇口』を、明智光秀と今井宗久の二人だけが完全に独占し、握っているという、恐るべき絶対的支配の構図を。
「……明智様」
宗久は、ワナワナと震える両手をつき、再び畳に額がこすれるほど深く、深く平伏した。
「この宗久、一生をかけて貴方様の描く絵図面に従いましょう。この命と今井商会のすべて、明智様の足元に捧げまする」
完全に落ちた。
灰吹法による目先の利益(銀)だけでなく、複式簿記という圧倒的な管理システムによる恐怖、そして未来のエネルギー(石炭)の覇権の提示。
これらをすべて叩き込まれた宗久は、もはや俺をただのパトロンとしてではなく、新しい世界を創り出す『創造主』として狂信的に崇拝し始めたのだ。
「頼んだぞ、宗久。……そして最後に、もう一つ仕事がある」
俺は、頭を下げ続ける宗久に、次なる巨大インフラの建設を命じた。
「まずは堺の港の一角を、大枚を叩いて買い占めろ。そして、そこに『南蛮船の修理施設』という名目で、巨大な【秘密の造船ドック】を建設する手はずを整えておけ」
「造船、ドック……にございますか?」
「そうだ。外からは絶対に見えないように高い塀と屋根で覆い、日の本中から最高の船大工と鍛冶師を囲い込むのだ。……いずれそこが、世界を変える『鉄の化け船』の産声を聞く場所になる」
「ははっ!! 直ちに手配いたします!!」
密議を終え、宗久が興奮冷めやらぬ様子で、足取りも軽く部屋を退出していく。
部屋に残された俺は、ふうと一つ大きな息を吐き、張り詰めていた冷酷な支配者の仮面を脱ぎ捨てた。
「退屈な商いの話ばかりで悪かったな、熙子」
俺は、傍らで静かに控えていた最愛の妻を振り返り、柔らかく微笑んだ。
「いいえ、ちっとも退屈などいたしませんわ」
熙子は、尊敬と愛おしさが入り混じった熱い眼差しで、俺の顔を見つめ返した。
「十兵衛様のお話は、少し難しいところもありましたけれど……。でも、貴方様の頭の中には、いつも誰も見たことのない、途方もなく広くて驚きに満ちた世界が広がっているのですね」
熙子が、そっと俺の手に、彼女の温かい手を重ねてくる。
「私、十兵衛様の隣で、その未来の景色を見られることが、何よりも誇らしく、そして嬉しゅうございます」
その柔らかな感触と、一切の計算がない純粋な笑顔が、俺の心に深く根を張ろうとしている「冷酷な支配者」としての牙を、優しく包み込み、俺を人間の道へと繋ぎ止めてくれる。
(……ああ。俺がこの未来の知識を使うのは、天下を力でねじ伏せ、魔王になるためじゃない。お前と、お前の生きるこの世界を、誰も悲しまないハッピーエンドに導くためだ)
歴史を知る俺は、人間を盤上の駒や『数字』として扱ってしまいそうになる誘惑に、常に晒されている。
今井宗久を屈服させた時も、どこか全能感に酔いしれそうになる自分がいた。
だが、熙子のこの温もりに触れるたびに、俺は「俺自身が歴史の魔物になってはならない」という絶対的なブレーキを思い出すことができるのだ。
「……ありがとう、熙子。お前がいれば、俺は道を間違えずに済む」
俺は、彼女の手を優しく握り返した。
「この堺で集めた『黒い石』が、いずれ巨大な鉄の船を動かす。その時は、一番最初にお前を乗せて、この丸い世界の海を一緒に渡ろうな」
「はいっ! 私、その日が来るのを、ずっとずっと楽しみにお待ちしております!」
黒い石(石炭)がもたらすであろう産業革命の火種を堺の地に蒔き、ここから始まる、俺と熙子の**『十三年間にも及ぶインフラ構築と人材育成の期間』**は、さらに力強く、確かな足取りで進んでいくのだった。
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