第3話:絶望の底で開かれた扉(脳内図書館)
自分が明智光秀であるという事実に気づいてから、数日が経過した。
俺はすっかり、ふてくされた赤ん坊になっていた。
「十兵衛は、よく眠る手のかからん子じゃのう」
大人たちはそう言うが、違う。現実逃避のために目を閉じているだけだ。
今の俺は赤ん坊だ。喋ることも、歩くこともできない。
戦国の世で生き残るためには、武力か、知力か、権力が必要だ。だが、今の俺には何一つない。
前世で蓄えた膨大な歴史の知識も、この無力な肉体では誰かに伝えることすらできない。ただ史実通りの地獄がやってくるのを、指を咥えて待っているだけだ。
(……俺は、ここで死ぬ運命を待つだけなのか?)
ある夜のこと。
薄暗い部屋で一人、天井の木目を数えるのにも飽き、俺はふと意識を深く沈めた。
現実が辛すぎるなら、せめて夢の中だけでも、前世の平和な世界に逃げ込みたかったのだ。
だが、意識の奥底に沈んだ俺が目にしたものは、夢の風景ではなかった。
『――ここは?』
そこは、果てしなく続く巨大な空間だった。
床も壁もなく、ただ漆黒の空間の中に、見上げるほど巨大な「書架」が、幾重にも連なってそびえ立っていた。
無数の本。巻物。束ねられた書類。
まるで、世界中のあらゆる知識を集めた大図書館のようだ。
俺は精神体のような姿で、その書架の前に立っていた。
ここは夢か? それとも、死後の世界と現世の狭間か?
おそるおそる、目の前にある本棚の一つに手を伸ばしてみる。
革張りの分厚い本の背表紙に触れた瞬間、金色の文字が脳裏に直接浮かび上がった。
『信長公記・巻の五』
「え……?」
隣の本に触れる。
『フロイス日本史・第二部』
さらに隣。
『中世日本の貨幣経済と流通機構に関する一考察(論文)』
信じられない思いで、次々と本に触れていく。
『戦国期の気象データに関する研究』
『現代農業の基礎と土壌改良』
『図解:誰でもわかる火薬の歴史と製法』
「嘘だろ……これ、全部……」
俺の心臓が、早鐘のように打ち始めた。
ここにあるのは、すべて俺が「前世で読んだことのある本」だった。
歴史書だけではない。ネットで読んだ論文、趣味で調べた科学技術、サバイバル術、経済の仕組み……。
生前、文字通り「活字中毒」として頭に詰め込んできたあらゆる情報が、物質化してここに収められているのだ。




