第14話:終わらない知的好奇心と、次なる技術革新の扉
「あなた様。すべての政務から退かれて、書き溜めておられた御本(歴史の手記)もついに書き終えられて……。さて、次は一体、何を企んでおられるのです?」
俺(明智光秀)が心地よい疲労感と、すべてをやり遂げたという圧倒的な達成感に包まれながら縁側で大きく背伸びをしていると。
隣に座る熙子が、昔からまったく変わらない、俺の腹の底の隠し事などすべてお見通しだと言わんばかりの、愛おしさに満ちた目で俺の顔を見上げてきた。
「なんだ、熙子。俺がこれで大人しく盆栽でもいじり始めたり、縁側で日がな一日お茶をすすって隠居の余生を全うすると思っていたか?」
「ふふっ。あなた様が、そんな退屈な隠居生活に長く耐えられるとは、到底思えませんもの。その恐るべき頭の中には、まだ私たちが見たこともない、とてつもない『未来の魔法』の種が、山のように詰まっているのでしょう?」
「……お見通しってわけか。何十年連れ添っても、妻の目はごまかせないな」
俺はポンと白檀の扇子を手のひらで叩き、口元に不敵な笑みを浮かべた。
政治家として国家のシステムを構築し、戦国時代を強制終了させるという俺の役目は、確かに終わった。だが、俺の脳内にある【絶対記憶(未来知識チート)】が、次なる知識の扉をカチャリと叩いて、俺の中にある「技術オタク」としての純粋な好奇心を強烈にくすぐり続けているのだ。
パックス・ジャポニカの基盤は完成したが、俺の探究心が枯渇したわけでは決してない。
俺は縁側から立ち上がり、部屋の奥に置かれた上質なヒノキの文机へと向かった。
そして、厳重な鍵のかかった一番下の引き出しを開け、筒状に丸められた一枚の巨大な羊皮紙を取り出した。
「俺が図面を引き、内閣の若手たちが陣頭指揮を執って進めている『蒸気機関車』の整備は、先日ついに帝都(京)から大坂、そして堺の港を結ぶ路線が開通し、この畿内の物流を革命的に変えつつある。……いずれこの鉄路は、彼らの手によって全国へと張り巡らされていくはずだ」
天候に左右されず、馬の何十倍もの物資を一度に運ぶ鉄の道。それがもたらす恩恵は計り知れない。
「だが、陸の道がどれほど発展しようとも……移動手段が風の力に頼る帆船のままでは、あの魔王(信長)や野猿(秀吉)が暴れ回っている世界を巡るには、あまりにも広すぎるし、時間がかかりすぎる」
秀吉や信長からヨーロッパの便りが届くのに、最新の大型ガレオン船を用いたとしても、数ヶ月の時間を要してしまう。風の向きや潮の機嫌次第では、何週間も無風地帯で足止めを食らい、嵐に巻き込まれるリスクも常に付きまとう。
「まあ。では、今度は陸の鉄路ではなく、海に新しい道をお作りになるのですか?」
熙子が、歳を重ねても失われることのない好奇心を瞳に宿して、楽しそうに身を乗り出してきた。
「そうだ。この十年間で日本が蓄積した製鉄技術と、精密な金属加工技術の集大成だ。陸の次は、海のロジスティクスを根本から破壊し、再構築する」
俺は手にした羊皮紙のスケッチを、熙子の前のちゃぶ台にバサリと広げた。
そこには、極限まで水の抵抗を減らす流線型をした巨大な「鉄の船体」の精緻な図面が描かれていた。
「まあ。上様や羽柴様が乗っていかれた『鉄の船』の、さらに先を行くお船なのですか? ……でも十兵衛様、この図面には、船の横にあるはずの『大きな水車』が見当たりませんわ」
熙子は図面を覗き込み、不思議そうに小首を傾げた。
彼女は、かつて信長や秀吉が旅立っていった鉄の装甲外輪船の姿を俺から聞いて知っている。だからこそ、鉄が海に浮くこと自体には驚かないが、この船の構造がそれとは決定的に違うことに気づいたのだ。
「その通りだ。信長様たちに渡した『NOBU号』型の装甲船は、帆と蒸気機関の外輪を併用することで、見事に世界の荒波を渡り切り、無敵艦隊すら圧倒してみせた。……だが、船の側面についた巨大な水車は、どうしても波の抵抗を受けやすく、推進効率の面でまだ改良の余地があった。何より、波による激しい横揺れがあり、俺たちの『快適な長旅』には少し不向きだからな」
俺は扇子の先で、図面の船尾――海中にあたる部分に描かれた、奇妙な風車のような羽を指し示した。
「側面の水車をなくし、代わりに船底の海中に、この『螺旋状の羽』を取り付ける。これは俺の脳内に眠る未来知識から引き出した、次世代の絶対的な推進器だ。海中深くでこの羽を蒸気機関の力で高速回転させることで、外輪よりも遥かに高い推進力を生み出し、どんな波も切り裂いて進むことができる」
風の向きや潮の流れに頼る、帆船の時代はもう終わらせる。良質な石炭を燃やした熱で巨大なボイラーを回し、船の底に取り付けたスクリュープロペラの推進力で、向かい風だろうと嵐の荒海だろうと真っ直ぐに進む、外洋航海に特化した鋼鉄のバケモノ船。
「実は、総理の激務の合間を縫って、数年前から堺の宗久に俺の私財を莫大に投じさせて、大坂のドックで極秘裏にこの『最新型スクリュー式蒸気客船』の建造を進めさせていたんだ。……資金に糸目はつけなかったからな、すでに九割方は完成している」
「すでに、九割も……!? それほどまでに途方もない船を造って、あなた様はいったい、何をなさるおつもりですか?」
熙子が、不思議そうに瞬きをした。
「熙子。来年の春、その船のテスト航海が無事に終わったら……内閣でてんてこ舞いになっている家康殿や正純たちには内緒で、こっそりとあいつら(信長・秀吉)に会いに『世界周遊旅行』と洒落込もうか」
「……えっ? せ、世界、周遊旅行……?」
熙子が、ぽかんと口を開けた。俺の突飛な発言にはすっかり慣れているはずの彼女でさえ、さすがにスケールが大きすぎて思考が一瞬停止したようだ。
「ああ。最新鋭のスクリュー式蒸気客船、その栄えある第一号の乗客は、俺たち夫婦だ。国を背負う政務も、暗殺の危険も、他国との外交交渉も何もない、完全なプライベートのバカンスだ」
俺は、縁側に座ったまま、優しく彼女のしわの刻まれた手を握りしめた。
「戦国時代という血生臭く厳しい世界で、俺はお前に我慢ばかりさせてきた。美濃から越前、堺へと連れ回し、謀反人になる覚悟まで背負わせた。総理大臣になってからの十年間も、国造りにかまけてお前を放ったらかしにしてしまった。……だからこれは、俺たち二人の、平和な世界での『新婚旅行のやり直し』だ」
俺は立ち上がり、熙子に向かって、まるで西洋の紳士のように優雅に手を差し出した。
「ヨーロッパの美味い菓子や、見たこともないアルプスの雄大な山脈。インドの刺激的な香辛料の市場に、信長たちが向かったという新大陸の果てしない大地。前世の知識でしか知らなかった世界中のあらゆる絶景と美食を、俺はすべて、お前に見せてやりたいんだ」
俺の、二度目のプロポーズ。
熙子はほんの少しだけ驚いたように瞬きをした後、大粒の涙を瞳に浮かべながら、共に歩んできた歳月の重みと深い慈愛に満ちた、この世で最も美しい笑顔を浮かべた。
「はいっ! どこまでも……かつて誓った地獄の底ならぬ、世界の果てまで! あなた様のお供をいたします!」
熙子は俺の差し出した手を力強く取り、その胸に飛び込んできた。
俺は彼女の肩をしっかりと抱き寄せ、二人で縁側から、澄み渡る初夏の青空を見上げた。
果てしなく続く青空の向こう。
かつて俺が本能寺の燃え盛る炎の中で思い描いた「最高のハッピーエンド」が、どこまでも果てしなく広がっている。
「よし。そうと決まれば、旅の準備だ。船酔いの薬と日焼け止めを、また秘密工房の薬師たちに作らせないとな」
「ふふっ、本当に十兵衛様は気が早いですわ。でも、私も南蛮のドレスを、年齢に合う落ち着いたお色で仕立てていただこうかしら」
俺たちの笑い声が、初夏の庭に響き渡る。
歴史を愛し、歴史に愛された男のチートライフは、まだまだ終わらない。
政治の舞台から降りた俺たちが次に目指すのは、誰も見たことのない、無限の世界の海だった。
いよいよ、次話で本編が完結となります!
ここまで光秀の歩みを見守っていただき、本当にありがとうございました。
ですが、これは終わりではなく、世界へ向けた「始まり」でもあります。
本編完結の2日後より、本能寺を脱した魔王・信長と、海を渡った天才・秀吉が合流し、白人列強を相手に大暴れする新シリーズ【世界進出編】が始動いたします!
まずは本編のラストシーンを見届けていただき、そのまま彼らの「世界制覇」の航海にもお付き合いいただけますと幸いです!
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