第13話:解答用紙『日本書紀・新約』
俺の座る縁側のすぐ傍ら、手入れの行き届いた上質なヒノキの文机の上には、和綴じされた分厚い原稿の束が、山のように高く積まれている。
それは、初代「大日本帝国内閣総理大臣」の職を辞して完全に政界から隠居した俺が、日々の趣味として、自らの脳内にある【絶対記憶】を頼りに万年筆で書き進めている、ある「歴史の手記」だ。
タイトルは、『日本書紀・新約』。
未来の知識を持つ歴史オタクが、自分の手で最高に面白く、そして誰も悲惨な死を遂げない幸せな形に書き換えた、この世界における唯一の「歴史の解答用紙」である。
その原稿用紙には、俺が前世の歴史書で読み漁った、本来辿るはずだった血塗られた日本の歴史が、生々しいリアリティを持って克明に記されている。
あの本能寺の変における、天下人・織田信長の無惨な自刃と、明智光秀が背負う主君殺しの汚名。秀吉の老いと狂気によって引き起こされた朝鮮出兵の泥沼と、豊臣家が滅亡へと向かう大坂の陣。天下を二分し、何万人もの武士が肉親同士で殺し合った関ヶ原の戦い。
そして、史実の江戸時代をスキップしたことによって完全に回避された、黒船来航から始まる幕末の流血の動乱や、戊辰戦争の悲劇……。
それらのすべてが、この世界では『あり得たかもしれないIFの物語』、あるいは『奇想天外な架空の軍記物』として原稿用紙に記されているのだ。
俺という未来からの異物が介入し、わずか十年という常識外れのスピードで強引にレバーを引き倒したことで、この世界の歴史は完全に別の次元、平和なパラレルワールドへと枝分かれしたのである。
「こんな悲惨な歴史、誰が読んでも悪趣味な作り話だと笑い飛ばすだろうな」
俺は原稿のページをめくりながら、苦笑を漏らした。
だが、それでいい。
現在の日本は、俺が導入した立憲君主制と議院内閣制によって、一部の特権階級や武力が富を独占する野蛮なシステムから脱却し、身分に縛られず、真に能力のある者が国を動かす近代国家へと見事な変貌を遂げている。
全国の村々に学校が建てられて高度な義務教育が施され、俺の未来知識を元にした医学と衛生観念の爆発的な発展により、かつては不治の病とされた疫病の数々も完全に克服されつつある。農民が重税に苦しむことなく麦や米を育てて美味い飯を食い、商人たちが活版印刷の新聞を読みながら自由に世界と経済を回す。かつて人を殺すための刀を振るっていた武士たちは、その刃を置き、ペンや算盤を持って新たなインフラ整備や学問の研究に汗を流している。
俺と熙子が生きるための、そしてこの時代に生きるすべての民が「明日も良い日になる」と希望を持てる、この上なく豊かで平和な世界が、確かな地続きの現実としてここにあるのだ。
「これで、俺の『仕事』は本当に終わりだな」
俺は万年筆を静かに置き、インクが乾いたばかりの原稿の最終ページを丁寧に閉じた。
政治の表舞台は、俺の右腕として各地方の調整に辣腕を振るった徳川家康(第二代総理)や、俺が設立した帝国大学で飛び級を果たした大蔵省のトップ・本多正純、外交と通商を担う伊達政宗、農業・インフラ改革を推進する直江兼続、そして国防と近代技術の開発を牽引する真田信繁といった、優秀な次世代の者たちが、しっかりと引き継いでくれている。
かつての戦場で血を流し合うはずだった彼らが、今は同じ議事堂の中で、この国の未来のために切磋琢磨しているのだ。
権力というものは、一個人に依存しすぎれば必ず腐敗する。だが、システムとして自立した今の彼らがいれば、このパックス・ジャポニカ(大日本帝国の平和)の強固な土台が揺らぐことは決してない。
もはや、時代遅れのチート野郎が老害のごとくしゃしゃり出て、彼らの新しい国造りに口を挟むような野暮な真似は一切必要ないのだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、庭から吹き込む心地よい初夏の風を胸いっぱいに吸い込んで、両腕を天に突き上げて大きく背伸びをした。
天下統一の超速タイムアタックも果たした。近代国家のインフラと法整備の基礎も完璧に作り上げた。歴史最大の謀反を「魔王の世界進出へのクーデター」として、一人の死者も出さずに完璧にプロデュースしてのけた。
俺の、前世の過労死から始まり、絶望の中で始まった異世界戦国チートライフは。
これにて文句なしの、完全なるゲームクリアである。
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