第4話:白亜の議事堂と、内閣制の確立
馬車は、帝都の心臓部にそびえ立つ、巨大な白亜の洋館へと滑り込むように到着した。
太く威厳のあるギリシャ風の石造りの円柱がずらりと並び、中央には近代国家の象徴として、時間を一秒の狂いもなく正確に刻む巨大な時計塔がそびえ立つ。その一方で、屋根には日本の伝統的な黒瓦が葺かれ、見事な和洋折衷の威容を誇る壮麗な建物。
これこそが、この国の最高意思決定機関たる『大日本帝国内閣・議事堂』である。
本能寺の変の後、秀吉を山崎の地で下し、事実上天下を掌握した俺は、己が「征夷大将軍」となって江戸城のような巨大な城郭を構え、武力による新たな「幕府」を開くことを意図的に、そして断固として避けた。
源頼朝、足利尊氏、そして俺が知る史実の徳川家康。彼らはいずれも、自らの圧倒的な軍事力を背景に武家政権を打ち立てた。だが、一人の絶対的な権力者が武力によって上意下達で統治するシステムは、初代が有能なうちは一時的な安定をもたらすが、構造的な欠陥を抱えている。代替わりを経て凡庸な者がトップに立てば、必ず側近政治による腐敗が始まり、最終的には国を二分する悲惨な内戦を引き起こして崩壊するのだ。
そして何より、日本の歴史において最大の火種となってきたのが「武家政権」と「朝廷(天皇)」という、世界でも類を見ない特異な二重権力構造である。
建武の新政しかり、史実における幕末の尊王攘夷の動乱しかり。時の権力者がいかに強大な武力を誇ろうとも、千年以上の歴史を持つ「天皇」という絶対的な権威を少しでも軽んじれば、必ず「朝敵」の汚名を着せられ、反体制派の旗印として利用されてしまう。それは、俺の持つ未来の歴史知識が残酷なまでに証明している、変えがたい事実だった。
「ならば、権威と権力を完全に分離し、誰も不満を持たず、反逆の大義名分すら生み出さない完璧なシステムを構築するまでだ」
そこで俺は、南蛮の政治体制である『立憲君主制』の概念を、日本の歴史的土壌に合わせて徹底的にカスタマイズして導入したのである。
まず、俺は天皇を『神聖不可侵なる大日本帝国の象徴にして、最高権威(国家元首)』として法的に明確に位置づけた。
戦乱で荒れ果てていた京都の御所を、内閣の莫大な予算を投じて壮麗に改築し、天皇と皇族をこれ以上ないほど手厚く保護した。そして、政治から離れていたとはいえプライドだけは異常に高い公家たちには、莫大な歳費と西洋の貴族制度に倣った「爵位(華族制度)」を与え、金と名誉で彼らの自尊心を完全に満たしてやったのだ。
その代わり、彼らには「政治的実権」と「軍事力」への介入を一切放棄させた。天皇は国の繁栄と民の安寧を祈る神聖な存在として君臨し、実際の政には決して口を出さない。これがいわゆる『君臨すれども統治せず』の原則である。
その上で、武家の筆頭であり、亡き(ことになっている)織田信長の嫡男である織田信忠を、新たに創設した上院(貴族院)の議長として推戴し、織田家旧臣や武士たちの顔も完璧に立てた。
そして、神聖なる天皇からの「大命降下(統治の全権委任)」を受けるという絶対的な大義名分の下で、俺が『初代内閣総理大臣』に就任したのである。
徳川家康や細川藤孝といった有力大名、堺の今井宗久ら巨大な資本を持つ豪商の代表、さらには各地方から選出された有識者たちを一堂に集めた合議制の『内閣(議会)』を設立。国家予算の配分や法律の制定は、一部の権力者の独断ではなく、すべてこの議事堂の議場で徹底的に議論し、多数決によって決定する近代システムを稼働させたのだ。
天皇という不可侵の権威を戴きつつ、実務は能力のある専門家たちが議会で進める。武家も公家も民衆も、誰一人として不満を抱きようのない完璧な「パックス・ジャポニカ」の統治機構。俺はこの十年間、文字通り粉骨砕身、チート頭脳から煙が出るほどフル回転させて働き続けてきた。
「総理! おはようございます!」
「総理、本日の本会議にて天皇陛下の御名により裁可を頂く予定の、全国鉄道網建設計画・第三次路線の修正予算案にございます。至急のご決裁を!」
議事堂の重厚なエントランスの扉が開かれ、俺が足を踏み入れると。
パリッとした洋装――現代のスーツの原型とも言える、上質なウールで仕立てられた詰め襟の制服――に身を包み、髪を綺麗に撫で付けた若きエリート官僚たちが、次々と分厚い書類の束を抱えて駆け寄ってきた。
その先頭を切り、鋭い眼鏡の奥の眼光を光らせながら、分厚い帳簿と決裁書類を突き出してきたのは、内閣官房長官にして大蔵省(財務省)のトップを兼任する若き天才実務家、本多正純(ほんだ まさずみ・28歳)だった。
史実においては、徳川家康の懐刀として幕府の初期行政を支え、強大な権勢を振るった後に政治闘争に敗れて失脚する男だ。だが、この世界においては、俺が設立した帝国大学を首席で卒業し、数字と法律に異常なまでの執着を見せる、生真面目で冷徹なエリート官僚の筆頭として、遺憾なくその才能を発揮している。
「正純君。君の持ってくる予算案は、相変わらず一銭の狂いもなく正確で、そして恐ろしいほど無駄がないな。だが、提出された東北地方のインフラ整備の予算配分、少し渋すぎないか? 君の数字への厳格さは評価するが、国家の投資には時には血を通わせた大胆さが必要だ」
俺が書類を一瞥して苦笑すると、正純は眉間にシワを寄せ、ピシャリと正論を突き返してきた。
「総理。東北地方の人口動態と現状の物流予測から弾き出せば、これ以上の線路敷設は費用対効果に見合いません。民の汗水から集めた血税の無駄遣いは、一銭たりとも容認できかねます」
「兼続(直江)君(33歳)はどこにいる? 彼が農林局から提出していた、東北の寒冷地農業補助金のデータと擦り合わせろ。鉄道が敷かれれば、開拓村の農作物の輸送コストが劇的に下がり、大規模農業が可能になる。相乗効果を計算すれば、数年後には必ず黒字に転換するはずだ」
「……なるほど。一次産業の生産量増加を見込んだ将来収益モデルとのハイブリッドですね。直ちに計算し直します。おい! 兼続殿を至急、財務局の計算室へ呼べ! 昼までに再提出する!」
正純が鋭い顔つきで書類を抱え直し、部下に指示を飛ばしながら猛烈な勢いで廊下を走っていく。
その奥のロビーでは、伊達政宗(26歳)が、外交・通商局長として南蛮の特使を相手に、流暢なポルトガル語を駆使して関税の引き下げを強気に交渉している姿が見える。さらにその横では、国防とインフラの防衛設計を担当する真田信繁(26歳)が、巨大な沿岸防衛用の蒸気軍艦の図面を広げて、堺の技術者たちと熱心に議論を交わしていた。
史実においては、関ヶ原の戦いや大坂の陣といった戦国末期の凄惨な戦いを、血と謀略で彩り、最後は無念のうちに散っていった若き天才たち。
だが、今の彼らは血気盛んな20代後半から30代前半という最高に脂の乗り切った年齢を迎え、腰に人を殺すための刀を差す代わりに胸ポケットに万年筆を挿し、俺の直属の部下としてこの国の屋台骨を最前線で支えている。
彼らの目に宿っているのは、他人の首を獲って武功を立て、己の領地を少しでも広げようという野蛮な野心ではない。
己の知恵と計算、そして法の力で、天皇陛下と民の暮らすこの国を、世界一豊かで強大な近代国家へと押し上げようという、純粋で熱く、そして洗練された志だ。
活気あふれる議事堂の廊下を歩きながら、彼らの弾むような声を聞き、書類が飛び交う音を感じながら、俺は彼らの成長を心から誇らしく思っていた。
歴史のバグである俺が強引に蒔いた種は、彼らという優秀な人材の手によって、確実にこの国の未来を永劫に担う、巨木へと育っている。
もはや、俺が細かい指示を出す必要などない。彼らの頼もしい背中を見つめながら、俺は深い安堵と、この国の未来に対する絶対的な確信を抱いていた。
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