第2話:石畳の街道と、和洋折衷の美しい街並み
俺は今、帝都の中心部に位置する白亜の議事堂へ向かうため、内閣総理大臣専用に特別に仕立てられた、堅牢な黒塗りの馬車に揺られていた。
馬車の内装は、最高級のマホガニー材を幾度も磨き上げた美しい木目に、艶やかな金箔の装飾が施されている。ふかふかのビロードが張られたクッション性の高い座席に深く腰掛け、俺は窓のブラインドを少し開けて、外の景色をのんびりと眺める。
傍らには、南蛮貿易で仕入れた豆を使った淹れたての珈琲を入れた保温水筒と、目を通すべき各省庁からの決裁書類が山のように積まれていた。
馬車は、どこまでも平らに舗装された御影石の石畳の上を、車輪の軽快な音を立てながら滑るように静かに走っていく。
史実のこの時代、馬車という乗り物は日本ではまったくと言っていいほど普及していなかった。日本の山がちで起伏の激しい地形や、火山灰を多く含む脆い土壌。そして何より、梅雨や台風の時期になれば、街道は一瞬にして底なしの泥沼と化す。そんな舗装されていない悪路では、重い木製の車輪がすぐにぬかるみに深く嵌ってしまい、馬が何頭いようと牽引できなくなるからだ。移動手段といえば、もっぱら徒歩か、身分の高い者のための馬、あるいは人間が担ぐ駕籠しかなかった。
だが、俺は内閣の巨大な公共事業として、莫大な予算と人員を投じ、全国の主要街道を石畳や砕石、そしてコールタールを用いた原始的なアスファルトで完全に舗装する『大インフラ整備事業』を断行した。
これにより、天候に左右されることなく、大量の物資を積んだ荷馬車が日本中を昼夜問わず行き交うことが可能となり、国内の物流の速度と輸送量は、従来の数十倍に跳ね上がったのである。農村で採れた米や特産品が、わずか数日で大都市の市場に並ぶ。血液のように駆け巡る物流こそが、国の豊かさを担保する最大の要素だ。
さらに何より、この総理専用馬車の乗り心地の良さには、俺の持ち込んだ未来知識の秘密があった。
車輪の軸と車体の間に、「鋼鉄製の板バネ(リーフ式サスペンション)」を組み込んであるのだ。かつて俺が堺に滞在していた雌伏の時代、日本の熟練した刀鍛冶たちを集め、鋼の反発力を利用して振動を吸収するこの機構を説明した時、彼らは「刀のしなりを、乗り物の衝撃吸収に使うとは!」と大いに驚愕し、そして見事に俺の要求通りの強靭な板バネを鍛え上げてみせたのだ。
このサスペンションの導入により、乗り心地は劇的に改善された。石畳の微細な段差を越えても衝撃は驚くほど柔らかく吸収され、移動中に揺れる車内で、俺が万年筆をとって細かい文字で書類に署名をすることすら可能なほどの、圧倒的な安定性を誇っている。
窓の外を流れる帝都の街並みは、現代のコンクリートジャングルを知る歴史オタクの俺から見ても、まさに圧巻の一言だった。
幅の広い大通りの両脇には、南蛮の建築様式を取り入れた「赤レンガ造りの三階建ての洋風建築」と、日本の伝統的な白壁と黒瓦の美しさを残す「豪壮な木造建築」が、まるで熟練の芸術家が組み上げた精密なモザイク画のように、見事な調和を見せて立ち並んでいる。和洋折衷という言葉がこれほど似合う都市は他にない。
だが、ただ闇雲に南蛮の真似をしてレンガを積んだわけではない。
地震大国であり、台風の直撃も多い日本の過酷な気象特性を考慮し、赤レンガの建物には、俺の【絶対記憶】から引き出した近代的な『耐震補強技術』が惜しみなく注ぎ込まれている。建物の内部の骨組みには太い鉄骨を這わせ、要所に柔軟性と復元力を持つ日本の最高級ヒノキ材を組み合わせたハイブリッド構造を持たせているのだ。万が一の大地震が来ても、建物全体が柳のように揺れを逃がし、決して倒壊しないように計算され尽くしている。
見た目の文明開化的な美しさだけでなく、実用性と災害への安全性を極限まで兼ね備えた、世界に類を見ない近代都市なのだ。
そして、夜になれば、この街はさらに別の魅惑的な顔を見せる。
街路に等間隔で設置された、美しい鋳鉄の装飾が施された『ガス灯』が、夕暮れとともに着火係の職人たちの手によって、一斉に柔らかなオレンジ色の光を灯すのだ。
かつての京の都は、日が沈めば一寸先は闇であり、辻斬りや強盗が横行する魔の巣窟だった。だが、ガス灯が闇夜を昼間のように照らし出すその光は、帝都の夜の闇から犯罪と恐怖を完全に追い払った。人々は夜遅くまで安全に食事や娯楽を楽しみ、経済活動の時間は大幅に延長された。
このガス灯を灯すための仕組みも、国家規模の一大プロジェクトだった。
石炭を乾留して得た可燃性ガスを、巨大なガスタンクに貯蔵し、地下に網の目のように張り巡らせた無数の鉄管パイプラインで街中の灯柱に供給する。この前代未聞の大規模インフラ工事は、全国から集まった数万人の労働者に莫大な雇用を生み出した。失業者が減り、彼らが稼いだ賃金が街の消費に回り、さらに経済が活性化するという、完璧なマクロ経済の好循環(ケインズ経済学的アプローチ)を爆発的に回す原動力となったのである。
「……本当に、見事な街になったものだ。あの本能寺の焼け野原と、死臭と血の匂いが染み付いていた京の都から、わずか十年でここまで来るとはな」
俺は手元の決裁書類から顔を上げ、窓の外の平和な景色を眺めながら、独り言のように呟いて満足げに目を細めた。
すべては、俺の脳内にある【絶対記憶】という未来の設計図を総動員し、家康の政治的根回しや、宗久の底なしの資本力と共に、国中のリソースを一点に集中させてシステムを強制アップデートしてきた結果だ。
十年という歳月は、決して短くはなかった。時には既得権益にしがみつく守旧派の暗殺の危機に晒され、時には不作による経済危機を金融政策の綱渡りで乗り越えたこともあった。血反吐を吐くような激務の連続だった。
だが、誰もが腹を空かせることなく、身分の違いによって理不尽に暴力を振るわれ、命を奪われることのない世界を創り上げるためなら、どんな苦労も安いものだった。
かつて本能寺の燃え盛る炎の中で、魔王を逃がすための大芝居を打ちながら、愛する妻の笑顔を守るために夢見た「最高のハッピーエンド」。
それが今、ただの妄想ではなく、確かな重量と熱気、そして通りを行き交う人々の明るい笑顔を伴って、俺の目の前に果てしなく広がっているのだ。
馬車は、規則正しい蹄の音を響かせながら、大日本帝国の心臓部たる白亜の議事堂へと向かって、静かに、しかし力強く進んでいく。
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