2026年6月25日 コンビニ (文章練習)
6月25日
朝、支払いのためにコンビニエンスストアに立ち寄った。
今日は店から退店した時に見た興味深い光景をメモに残していたのでそのメモをもとに振り返ろうと思う。
銀色の円柱状のスタンド灰皿に向かって、一人の人が真直ぐ歩いていったのだ。
その人は胸ポケットからタバコの箱を取り出し、一本を抜き取ると、火をつけることなく灰皿の中に静かに入れ、手を合わせた。
その一連の所作だけで、そこがまるで神聖な場所のように見えた。
その動きだけでそう感じてしまうことが、自分でも不思議で仕方がなかった。
理由を考えてみると、二つ思い当たる。
一つは、私自身の感受性が高くなってきており、些細な動きにも心が動きやすいのかもしれないということ。
もう一つは、その人の所作があまりに自然で、そこに何かしらの意志や祈りのようなものを感じ取ったからかもしれないということだ。
本当は後者であってほしい。
私自身の感受性の問題ではなく、その人の所作そのものに何か感じさせるものがあったと思いたいからだ。
そこには少し、自分が外的要因に左右されやすいだけだとは思いたくないという見栄のようなものもあるのかもしれない。
しかし、冷静に考えると前者の可能性が高いのだろうと思う。
普段なら見過ごしてしまうような光景にここまで心が動いたのだ。
やはり最近の私は感受性が高くなっているのかもしれない。
ただ、それは悪いことではない。
小さな出来事に心が動くからこそ、日常に彩りが生まれるように思う。
この日記も、きっとそうした小さな気づきがあるから書けているのだ。
自分の理想と現実の間に、少し矛盾を感じたのかもしれない。
それでも、心が動いたという事実は確かにそこにあった。
そんな小さな出来事に心を揺さぶられたことを認識した今日は良い日であった。




