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2026年6月22日 雑念からの調息-調心 (若干ネガティブか?) (文章練習) 

6月22日


帰宅してから、夕食を済ませすぐにウェアに着替えてランニングに出かけた。


今日はいつもよりも息が切れるのが早くなっていた。イヤホンから流れる曲が4ループ目に入る頃には呼吸が苦しくなっていた。いつもなら息が切れるのはもっと後のはずであったのに。


一体なぜなのだろうか、無意識で自身の足の回転数が上がっていたのだろうか、それとも余計な思考を走りながらしてしまったのだろうか。

それとも両方であろうか。


今、すぐに思いつく心当たりはこのあたりだ。


思い返せば、今日は考えなくてもよいことを考えてしまうような雑念がたくさん沸いていた日であったように思う。特に自分の意識の低さ、考えの浅さに目が向き、気分が落ちていたと言ってもよい。

故にこそ今日のランニングは体力の向上というよりも、走ることに意識を向けて雑念を払拭したいと深層意識で思っていたのかもしれない。


残念ながら、雑念ばかりが頭をよぎり走ることに集中できていたとは言えなかったが。

しかし、それでもシャワーで汗を流した後に家に戻り、アイスをかじっていると、「それでも何とかなるだろうと」少しだけ、前向きに考えられるようになるのは不思議であった。


ランニング自体に集中して意識をそらすという、一種の現実逃避はうまくはいかなかった。

それでもそれを含めた一連の行動は間違いなく私の思考を前向きにしたように思う。

一度頭を含めた体中を有酸素運動にて温めて、その後に冷やす。そうして呼吸が調い、酸素が体を巡ることで、火照った頭が自然に冷えてしっかり動くようになったのかもしれない。


そう考えると禅の考えにおける調身、調息、調心の後ろの2つをランニングという一連のアクションを通して行うことができたともいえるのではないだろうか。


まだ確立したわけではないが、それでもこの一連の流れは私の中で一つのメンタルの回復、維持の方法として確立しつつあるように思う。


溜まりかけていたストレスを自分なりに処理することができ、ランニングからの一連のアクションが自身に与える影響について考えることができた今日は良い日であった。

眠い

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