2026年5月13日 妥協への恐怖、それでも紅茶はおいしい (文章練習)
5月13日
昨日の振り返りが早速役に立った。
ランチの用意を今日に回したこともあり、今日の朝の時間は少なかった。
気分が変わりいつものようにおかずを準備することなく、うどんを持っていくことにした。
うどんを持っていこうとしたのは初めてである。そのせいもあって、手間取り、時間が余計にかかった。
結果いつものストレッチと読書の時間がほとんどなくなった。
それでも、15分程度は自由にできる時間があった。
PCを開いて動画を起動し、ストレッチを行うには中途半端な時間だ。
ほぼ確実に途中でやめなければならなくなってしまう程度の時間だ。
普段なら読書をするか、のんびりと窓際に腰を下ろして日向ぼっこして時間を過ごしてしまうが、
今日は、中途半端でもストレッチをしたいと思えた。
昨日の振り返りで無理にやらなくてもいいと思えたのがよかったのだろうか。
変に気負うことが無かったのかもしれない。
個人的には読書よりもストレッチをする事の方が重要度は高い。
ストレッチは行う場所を選ばなければならないが、極論読書はそうではない。
だからこそ、できるときにはストレッチを行いたいと常日頃思っている。
その気持ちが強い分、完璧にできる状況を求めてしまうのだろう。
そういった思いはあるが、今日は「別に完璧に全部やらなくてもいいのでは」と考え、最後まで行うことはできなかったが取り組むことができた。
そういう意味では、少しでもストレッチを行えた今日の朝は充実度の高いものとなった。
そう思う一方で、理想像へと向かう熱量が薄れてしまったようで、残念な気持ちもあった。
朝の話関連でいえば、朝にのむ紅茶を少し高いものにした。
フォートナム、アンド、メイソンというメーカーのものだ。
正直、いつも飲む安い紅茶とは比較にならないほどおいしかった。
おいしかったというよりは香りがよかったが正しいのかもしれないが。
紅茶初心者の私には正しい表現はわからない。
それでも、口に含む前の香りに花の匂いのような清々しさのようなものを感じ、口に含んだときに、渋さにより、いっそう香りが対比されて一層、花のような香りが際立ったのではないかと思う。
渋さ以外にも、味で何かを感じていたような気がするが、思い出せないし、それを言語化できるほど舌が肥えていないのだろう。
いつか、味自体の良さについても言語化できるようになりたい。
そのためにもこの日記は続けるべきである。この日記が私の中でより大きなものになったことを自覚した。
昨日の振り返りを活かすことができ、この日記の大事さを改めて認識した今日は良い日であった。




