2026年5月2日 回転寿司を食べた (文章練習)
5月2日
今日は
某有名な回転寿司チェーン店に寿司を食べに行った。
近年のレーンを流れる寿司に対する不適切行為のせいであろうか、それとも私が行ったのが、出先のハイカラな都会みたいな場所だったからであろうか寿司が回転しなくなっていた。
つまり、回転寿司のお店に回転しない寿司を食べに行くという奇妙な状況になっていたのだ。
回転寿司の楽しいところは、第一においしい寿司を楽しむことができる点にあると思うが、第二に寿司が回っていることのエンタメ性であると思う。
流れる寿司を眺めて、「次はどれを食べようか」などと私の高揚感を煽るのだ。
しかし、流れなくなってしまってはその楽しみが失われてしまう。最初はそう思っていた。
しかし、レーンを流れていた寿司はモニターの映像として流れていた。
ボックス席?の奥に見慣れぬ大きなモニターが設置されていた。
今まではiPadのような注文端末が席の奥に備え付けられたが、それが大きなモニターになっており、その画面上を右から左に寿司がスライドしていたのだ。
注文もその端末を触って操作でき、一度に二人が操作できる点など、利便性の向上を認識するとともに、DXなのだろうか、時代の進歩を感じとてもわくわくした。
そう思う一方で、実物が目の前を通り過ぎるライブ感こそが、回転寿司の醍醐味であると認識し、それもまだ楽しみたいと思ってしまう。
近年の問題行動を考慮すると、衛生上、店舗運営上それが難しくなっていることもわかる。
企業側もコンプライアンスに配慮した結果となるのだろう。
これは仕方がないことだ。店が悪いわけではないし、店の客に楽しんでもらおうとする工夫はあまり外食をしない私でも何となく感じていたのだと思う。
仕方ないことだとは、理解しているが、それでも回転寿司の実際のわくわく感が一つ消えていくと思うと物悲しい気持ちになってしまう。
余談として、メインの楽しみである寿司を食べた感想について簡単に述べようと思う。
私が食した中で特に印象に残っているのがマグロのたたきである。
そう、4月の日記で最近のマグロのたたきは水っぽいと述べたあのマグロのたたきである。
今日食べたものはそんなことがなかった。マグロの脂のおいしさを十全に感じることができ堪能した。
前、食べたマグロは安かった分、味も相応であったのだろう。
やはり、寿司屋さんの味はすごかった。
これまで楽しめていたものが消えたさみしさを時代の変化のわくわく感で補いながら、おいしい寿司を食べることができた今日は良い日であった。




