2026年9月23日 久しぶりな気がする読書感想文 (文章練習)
9月23日
積み本を読んでいるときに冒頭部分の「自分の望んだとおりの生き方ができているか」的な内容の言葉が私の中で引っ掛かった。
まず大前提として完璧な生き方はなく、望んだ通りに物事が進むとは考えづらい。
そして、望んでいないことが起こることを想像して回避しようとしてもそれこそ完璧に想像できるわけでもなく、考えすぎれば身動きが取れなくなる。
そういった反発的な考えがよぎったが、ここで問うている生き方はそういう意味ではないのだろうと考えなおした。
そして、日記を書く前に、そういえば自分の望んだ生き方とは何だったのかと思い、思い返してみた。
最近の私の望みとしてはいろんなことを経験したいということ。
継続して物事に臨みたいこと。
後者については、自分でもよくわかっていない部分がありどこか腑に落ちないものがあった。
そこで、今日はこの日記を通して考えてみる。
まず、朝決められた時間に起きて決めたことをして決められたルーティーンを繰り返す。
朝のルーティーンとして筋トレやストレッチ、ランニングや日記を続けている時点で否定のしようがない。
以前どこかで聞いたような気がする「同じことを繰り返す生き方はロボットのようである」的な言葉が頭をよぎり、ある意味ではしっくりくる。
特に惰性で続けている部分もあるので、意志に関係なく繰り返すというように捉えるとなおさらだ。
かといって何度か述べたかもしれないがずっと目的をもって行うことは難しい。
続けていると目的が変わったりすることもしばしばあったりするのだから。
ここで前者の望みに話はつながるが、いろんなことを行い続けることも難しいように思う。
まず、そこまで金銭的、時間のリソースがない。そして、そこまでやりたいことが見つからない。
であれば、今の生活スタイルを維持したまま、たまに違うことをするという今の形が良いのかもしれない。
いろんなことを経験するにしても、経験を自分の中に定着させる時間は必要であり、自分のものにすればまたやりたいことも見つかるかもしれない。
再度結論を述べると、1,2週間に1度新しいことをするぐらいの目標、つまりは今まで通りにするのが自分に合っているのだと再認識できた。
腑に落ちないなどと言いながら、結局は今を肯定した結果になった。それでも、今のやり方について納得を得ることに繋がったことを思えば今日は良い日であった。
(メモ:2026/9/22 スマホ使用時間=2時間26分/目標2時間30分 70回のロック解除
目標内に収めることはできた。
しかしやはり置時計の類は必要だと思う。
根拠としては弱いが、ロック解除数はそこまで減っていないし、帰宅してから一度時間を見るためにもスマホのロックを解除した。
ぶっちゃけ解除までしなくても時間自体は見れるのだが、時間を見るということがトリガーとして無意識にスマホを開こうとしているのかもしれない。
あくまでも可能性の話でしかないし、書いた文を見ても弱いと思う。
それでも買うのであれば気分の上がりそうな、おしゃれで安すぎないものを買いたいと思った。
あまり、安いとそこまで見ようという意識が育たないような気がするから)




