2026年8月25日 根性論なんて今どき流行らないミー (文章練習)
8月25日
今日はいつもの2倍ぐらいの時間走った。
勿論、いつもに比べてスピードは遅い。
それでも足に感じる負荷はいつも以上で、走り終えて20分以上たった今でも足にじんじんとした感覚が残っているような気がする。
今日いつもより長く走ったのはよくある気まぐれではない。
根性を身に付けたい、いつもより全力で走りたいという思いがあったからだ。
最近の私は物事に対して全力で取り組めている気がしない。妥協したり、後回しにしてやらなくなることが増えたように思う。
単純に優先順位を付けて後回しにしているのならまだよいのだが、そうではない。
気分が乗らなかったり、面倒くさかったりすることが多い。
自分でも古臭い考えであると思うが、根性や気概と呼ばれるものがなくなってきているともいえる状態だと思う。
先週からそういったことは自覚しており、本を処分しに中古の本屋さんに行ったついでに軽く、ヒントとなるものがないかと商品を眺めてきた。
直接的な根性の鍛え方、熱意をもって物事に取り組む方法、折れずに精神を持ち直す方法など、自分のイメージする根性について参考になるものを探した。
物事を続ける方法や、メンタルヘルス的な心を持ち直したり、物事に動じなくする方法が載っている本はいくつかあったが軽く見た内容的に私の探している本ではなかった。
そういったものの多くはストレスを感じずにいる方法や、意志の力に頼らないシステム的で合理的な話がほとんどであったのだ。
勿論私もそういった本を読みたいときはあるが今求めているものとはずれているように感じた。
恐らく私が求めているのは、気分に左右されず、やるべきことを最後までやり切る力なのだと思う。
そうして本の中に答えが見つからないなりに考えた結果、いつもより長く走ってみることにした。
いざというときに根性を出すにしても、急には出ないことを想像した。
故にこそ、普段から「しんどくてももう少しだけ頑張る」という経験を積み重ねたいと思った。そうした積み重ねが、いざという時の踏ん張りにつながる気がしたからだ。
そうして走った結果、終わりの方は耳の感覚がおかしくなって、普段ならあまり聞こえないはずの呼吸音がよく耳に響いていたりした。
日記を書いている今は収まったが、こういう体験は初めてであり、後々調べると水分不足やらが理由と出た。どうやらこの肉体で1時間以上走る時は水筒が必要であるらしい。
自分を鍛えようと走った結果、精神論だけではなく、水分補給という肉体的に大切なことにも改めて気付くことができた。根性も一日で身に付くものではないだろうが、まずは「もう少しだけ頑張る」という経験を積み重ねて根性を身に着けていきたいと思えた今日は良い日であった。
(メモ:2026/8/25 22:10 現在のスマホ使用時間=約2時間41分 *前日比約27分増)




