2026年4月3日 日記(前半:最近のマグロのたたきって水っぽくない?) (文章練習)
4月3日
今日の晩御飯にマグロのたたきを食べた。成長とともに味覚が変わってしまったのか昔ほどのおいしさは感じなかった。
感じたのはおいしさよりも、水っぽさである。私の知り合いに魚に関わる仕事をしている人がいて、昔その人から聞いたのが、マグロのたたきはいろいろと混ぜ物をしていることがあるという話だ。その混ぜ物の一つとして植物油脂などが添加されているそうだ。
最近の私が食べている安いマグロのたたきは、コストを下げるために混ぜ物の品質が落ちたのだろうか、それとも私の舌の感覚が変わったのだろうか。
こんなことを言うと罰が当たるかもしれないが、マグロのたたきに対しては少し物足りなさを感じてしまった。
それでも、温かいご飯は素直においしかった。
すこしネガティブな話題になるが私は対人関係のやり取りが苦手だ。人と話すことが苦痛に感じるわけではないし、楽しささえ感じる。それでも新しい関係を始めるときはだいぶ疲れてしまう。一定の時間を決めて話すと決めて話す分にはいいのだが、駅などで集団として固まっている状態で遭遇した時に話すのは正直しんどい。
逃げてしまいたくなる。
故に駅などで会った場合、私は少し改札あたりで話して、同じ電車に乗るのにもかかわらず、別の車両に乗ってしまう。ぶっちゃけ不愛想といえる行動だろう。今の私には、その集団に適応するためのエネルギーが残っていなかったのだ。過去の日記で学んだように、脳や体が疲弊しているときは、判断力が鈍る。今の自分にできるのは、無理をして集団に飛び込むことではなく、まずは自分の平穏を確保することだったのかもしれない。
これまで何度か述べてきたが、やはり私は完璧主義者だ。同じ車両に乗るべきだったのだろうと少し後ろめたい気持ちになっている。それでも、相手からどう見られるかという自分でコントロールできない結果を求めてしまっている。
多分足りないのは相手への信頼なのだろう。新しいコミュニティに参加して数日。まだ相手を知らないから臆病になってしまっているし、邪推が止まらない。もっと相手を知るべきなのだろう。
次会う時までにメンタルを回復させて、一回でも話しかけるようにしたいと思う(具体的には挨拶ができただけでも及第点である)。
新しいコミュニティに慣れないながらも、自分の臆病さを自覚し相手に関わるべきだと気づくことのできた今日は良い日だったのかもしれない。




