2026年4月2日 日記(前半:自分の血液型を知らない話) (文章練習)
4月2日
今日、アンケートで血液型を聞かれた。
しかし、私は血液型を知らない。
母曰く、幼き日の私は注射を大層嫌がっていたそうだ(今も嫌ではあるが)。その為、母は血液型を調べさせなかったのだそうだ。私自身もこれまでの人生でそれほど血液型を知らないということで困ったことが無かった。故にこれまで調べようとさえ思わなかった。
ぶっちゃけ、20歳近くまで知らなくても大して困ることはなかったのでもう知らなくても困りはしないだろうという思いがないわけではない。
ただ、今後の人生を血液型を知らないままでいいのだろうか、自分の体の事でもあるのにと思った。
また、余裕がある時に行きたいと思う(そこまで困っていないので後回し)。
話が変わるが、ペーパータワーという制限時間内にチームでなるべく高い塔をA4の紙のみで立てるレクリエーションが集まりで行われた。高さの計測の段階になって、チームの一人が動いた際に風でタワーが倒れた。もともと、他のチームの方が高くなっていて勝利は絶望的であったこともあり、その場は笑いで終わった。
ここで驚くことがあった。
そのチームの一人が終わった後に、塔を倒してしまった子に笑顔で気にした感じでもなく、「あそこで倒してくれたから、場の雰囲気が面白くなった。」と言っていたのである。悪くとれば皮肉なのだろうが、その時は確かにフォローしているように見えた。
私であればあの子と同じようにふるまえたのだろうか。
きっと無理だったのだろう。だからそこに驚きがあったのであろうから。
私もあの子のように他人を思いやれたらと憧れた。
いや、正直に白状すれば、私があの子に良い印象を抱いたように、あのような振る舞いができれば「私の評価が上がるのに」という下心が、憧れの中に混じったのかもしれない。そう思うと、自己嫌悪が湧き上がってくる。だが、今の自分にできるのは、そうした醜い下心も含めて自覚することだけだ。
どちらにしろ、自分以外の誰かのために言葉を選べるという境地は、今の私にはまだ遠い場所にある。
思いやりや配慮として、誰かのために言葉を選ぶということを目で見ることで実感できた今日は良い日だった。
差し支えなければ、文としておかしなところ、誤字脱字とかがあれば教えてください。
私の成長に繋がります。




