2026年8月6日 道徳≒武士道 (文章練習)
8月6日
今日は眠気を感じながら読んだ武士道の本が、意外にも心に残った話である。
実は武士道の本の前に1冊読んでいたが、今の私にはあまり響くものではなく読むのをやめて、武士道の
本を開いた。
そのような経緯で開いた本であるが、冒頭部分に響いたものがあった。
簡単にその内容をまとめると、「武士の戦いにおいての敗北は死であり、だからこそ彼らは今日が最後の日であるかのように生き方をする。要するに、一日たりとも惰性で過ごさず、その日にできることを出し切る」という考え方で、どこかで耳にしたことがあるような考え方であった。
この内容の章について読んでいるとき武士道の本を読む前に読んでいた本を思い返した。その本を読むときはぼんやりとページをめくり、何か心に引っかかる言葉があればいいという読み方になっていた。
少なくとも、全力で本と向き合っていたとは言えない。
そういった直近の出来事があったからこそ、耳の痛い話として響いたのかもしれない。
理想は、本から得た知見を自分の考えに落とし込み、行動まで結び付けることである。
だが、それを毎日続けるのは簡単ではない。一日だけならできても、何日も続けばどこかで気が緩んでしまう。
少なくとも、今の私には現実的ではない。
どこかで手抜きをするのは目に見えている。
実際、その傾向はランニングにも表れている。
昨日の日記でも触れた話だが、最初は気にしていたランニングの成長性についても、時が経てば、惰性で行っているのと変わらなくなってしまう。
正直、武士道とはあるべき姿や理想を書いたもので、今でいう道徳なようなものでしかないように思う。
だからこそ、本にあった武士のように毎日すべてを出し切ることを目標にするのではなく、「今日は昨日より少しだけ真剣に取り組めた」と思える日を積み重ねていければ十分なのかもしれない。
理想を知り、私にできる範囲でその理想に近づけようと思えた今日は良い日であった。
ねむい
まぶたが重い




