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2026年7月31日 読書感想文(人としての在り方) (文章練習) 

7月31日


今日は人としての在り方についての本を読んだ。


その中で印象に残った内容を簡単にまとめると「偉そうで高圧的な態度は、自らの器の大きさではなく、小ささを隠すための虚勢と受け取られやすい。そうして自分の小ささを隠し、一時の自己満足を得ても、相手の不満を招くだけならば、その態度で得るものは少ない。」ということだ。


この章を読んでいるときに思ったのは、確かに高圧な態度をされたり、見下されたりしてうれしいと思う人は少ないように思う。少なくとも私は気分の上がるものではないと思う。


そういう意味では納得できる内容であった。


そして、態度のでかさという意味合いではないが、見栄を張るという点で、自分にも思い当たる出来事があった。

自分の至らなさを隠すために見栄を張った記憶だ。


具体的には知らないことを知らないと言い出せずに、知った感じで話を合わせて、知らないことを見抜いた相手にその内容を補足してもらった情けない記憶だ。


当時のことを詳しく思い出すことができているわけではないが、適当に話を聞いていただけなのかもしれないし、見栄の話に寄せて考えると、無知であると思われることの恐怖が勝った結果とも考えられる。


これの相手に敬遠される要因を考えたが、ぱっと思いついたのは言葉の信用が落ちるということだ。


最近はあまりそういったことをやった記憶があるわけではないが、過去にやったことがあるのだ。

今後も咄嗟にやってしまう可能性を否定できない。


コミュニケーションを円滑にするためにそういう知っている振りをするという選択肢もあるのかもしれない。しかし、その理屈を盾にして見栄を張り続ければ、結局は信頼を失いそうであり、そっちの路線にはいきとうない。


そうして、どうしたら咄嗟に知っている振りをする可能性を減らせるのかと思考が逸れて行くと、

普段からものを質問して、聞きやすくしたり、世情に疎いというアピールをしたりという月並みなものしか浮かばなかった。


後者に関しては、自虐ネタでもあるのであまりやるとそれはそれで扱いずらさが出てしまい敬遠されかねない気がする。

そう考えると前者をするのが無難なのではないかと思ったりする。


以上から、とりあえず1日1質問をノルマにしていこうと思う。

できるか知らんけど。


何はともあれ、本の内容を自分の過去の経験と結び付け、見栄を張らないための行動まで考えることができた今日は良い日であった。

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