2026年7月22日 読書感想文(内省の仕方について) (文章練習)
7月22日
帰宅してから、以前冒頭だけ読んで放置していた内省の仕方についての本を読んだ。
そこで印象に残ったことは、振り返りを行っても具体的に何をするのかまで繋げないと意味がないということだ。
これを読んで振り返ってみると、
1、2ヶ月前と比べて、最近の私の内省を兼ねている日記で、考えることができただけで満足して止まってしまうことが多く行動に繋がることが少なくなっている気がしてしまった。
そうして、できてないことを指摘されたような耳が痛い思いをして印象に残ったように思う。
言い訳のようになってしまうが、考えることができたこと自体は悪いことではない。
こういう傾向がある、こういうことをしたいということが分かったのは私にとっては大きいのだ。
自分のやりたいことを知るためには、自分がしたいことを知らなければ決めることができないのだから。
そうは言っても、そのために何をするのかや、この後何をどう動くのかを決めていなければ、私の性質的にも動きづらいことに違いはない。だからこそどういった行動に繋げるかは決めなければならないのだろう。
私は普段そこまでものを考えずに感覚的に行動を決めていることが多い。
そして、感覚的に動かないほうがよさそうだと考えてしまう。
だからこそ、あらかじめ行動のパターンを想定しておく必要があるのだろう。
言い換えれば、感情的に「失敗する可能性がありそうで、怒られたり恥ずかしい思いをしそうだ」と思って行動をキャンセルする前に、「この場面ではこう動くべきだ」事前決めておくということだ。
結局、どれだけ考えても、最後は感情のブレーキがかかる。
ためらいがあれば動かない方を選んでしまうのが私なのだから。
こうして考えてはみたが、想定をするというのも十中八九うまくいかないのだろう。
今述べたのは、具体的にどうするかという話ではなく、方針に近いものに過ぎない。
仮にこれで進めても絶対に最初は想定の甘さゆえに行動できないこともあると思う。
しかし行動できなかったという事実から次の行動を考えればいいという考えも私の中で生まれ始めてはいる。
こうしたことから、ぱっと思いつくのはパターン想定を日々のルーティンに少しだけ取り入れることだ。
具体的には、先週から始めた「5分間でA4のルーズリーフにその日の反省を書きなぐる」という習慣に追加してみようと思う。
今日ためらったことや、本当はどう動くべきであったか、次同じ場面が来たらどうするかを追加するのだ。
あくまでも振り返るのはその日にあった出来事であり、未来の出来事を想定するわけではない。しかし、一度あったことは二度起こるかもしれない。だからこそ次に備えて行動を考えておく意味はあると思いたい。
総括として自分の行動を変えなければ思考も変わらないのだろうし、思考が変わらなければ行動も変わらないのだろうと思う。だからこそ次にどうするのかを考えて行動することを目指す。失敗してもまた次の行動を考えることができればいいのだろうから。
なかなかに難しい話である。
自分の日記において次につながる話をできていなかったことを自覚し、今後の行動について考えることができた今日は良い日であった。
この後の5分反省は、少し時間を増やしてやってみる。
行動する前に考えるよりも、行動した後に「あれ、どうだったんだろう」とグダグダ反省を考える我。




