2026年6月30日 電子機器への依存 (文章練習)
6月30日
今日は帰宅後、夕飯を食べてスーパー銭湯に行った。
昨日出費の話をしてすぐに出費の重なることをしている。将来日記を見返した時に、矛盾した行動をしているように見えることだろう。
しかしこれは、1か月分のご褒美としてあらかじめ予定していたものであり、家計簿の方にも記入済みの内容である。
要は「計画通り( ˘ω˘ )ニチャァ」というやつである。
そういったわけで自転車をそれなりに漕いで向かった。
自転車で感じる風は夜の涼しさも相まって、昼にはない心地よさを感じる。
そうして到着したのは約1か月ぶりの銭湯である。
湯船につかる時に、以前、サウナの良さに気づいた話を日記でしたことを思い出したが、今日は純粋に湯に浸かってのんびりしようと思い、湯船につかることを決意した。
そうして、湯に浸かって目を閉じていると、唐突に自分の内側に目がむいた。
今の私はとてもリラックスすることができていると改めて感じたのだ。
どうしてここまで、リラックスできているのかを自身の内面に問いかけていると、スマホやPCなどの端末から身を離し、電子的な刺激から解放されていることが一因ではないのかと思った。
振り返れば、最近は本当にデジタルデトックスができていない。
家にいるときは、寝るとき以外はPCから音楽が流れていることが多く、朝も動画に合わせてストレッチなどを行っている都合上、電子機器を一日中使い続けている状態といえる。
物理的に電子機器から距離を置き、そういったものに意識を向けることがなくなった銭湯で最近感じることが無かったほど深くリラックスをすることができたのかもしれない。
気付かないうちに電子機器に触れる時間が長くなり、それが脳の疲労につながっていたのかもしれない。
電子的な刺激で疲労していた分がなければ他にそのリソースを回すことができていたのだろうか。
仮にもっといろんなことに意欲的に挑戦することができて、その機会を逃していた可能性を考えると、どうにかしなければいけない課題であるように感じた。
きっと一気にたくさん減らすとギャップで長続きしないだろうし、私にとって音楽は心の豊かさにも直結しているものだ。故にこそ、多くをやめるわけではなく1場面のみ、具体的には夕飯時にPCで流している音楽をやめることで電子媒体と距離を取るようにしてみようと思う。
最近の私は食事中にも食事以外の刺激に意識を持っていき、食事を漫然と行い味わうということ、つまり食事を楽しむという行為が中途半端になっているような気がした。
これは良くない。小学生でも習っている「食材に、食材を作った人に対する感謝をする」という当たり前のことができていないと言っても過言ではないことであるようにも思う。
当たり前のことを当たり前にとはよく聞く話であるが、こうして振り返ると難しいものである。
リラックスして、デジタルデトックスの話をしていたのに、気づいたら食事のありがたさの話になっていた。
思考が明後日の方向に向かっていることを自覚しつつも初心を思い出すことができた今日は良い日であった。
眠い




