運命の共同体、執着の生命線
バイトが終わり店を出た直後、美月は有無を言わせぬ力で悠真の手を引き、近くの公園のさらに奥、街灯も届かない人気のない植え込みの影へと連れ込んだ。
「昨日のじゃ、足りない」
耳元で囁かれた低く艶やかな声。美月の細い指が悠真のうなじに絡まり、抗う間もなく唇が塞がれた。
前々夜を遥かに上回る、情熱的な、そして貪るようなディープキス。
鼻腔を突く彼女の芳醇な香りと、熱い吐息。美月の舌が悠真の理性を容赦なく掻き回し、肺の空気が枯渇するまで解放してはくれなかった。
「……続き、どうする?」
潤んだ瞳で、美月は確かにそう言った。
込み上げてくる爆発しそうな本能に身を任せそうになったが、ある疑問が、悠真をあと一歩のところで踏み留まらせた。
「美月さん、どうしたんですか?昨日から……様子がおかしいです」
息を整えつつ、悠真は何とか言葉を発した。
「おかしく……ないっ!」
再び、美月が悠真の唇を奪う。
「……美月さんっ!!」
悠真は力づくで美月を引き離した。
「……どうして?どうしてやめちゃうの……?」
美月は今にも泣きそうな顔で、そう呟いた。
「何を……何をそんなに焦ってるんですか?」
「焦ってなんかない!」
「……僕は、美月さんのことが大好きです」
悠真は戸惑いつつも、美月の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……そして、世の中の誰より、何より、大切に思っています。大切に思っているからこそ、付き合い始めてから今まで、着実に、一歩一歩、関係を深めてきたつもりです。もう少しゆっくり、進んで行きませんか?……僕も男子高校生ですので、これ以上のこと、やりたくない訳ではないです……いや、やりたいですけど、でもまだ心の準備が……」
美月はうつむいたまま、押し黙っている。
「僕たちは、そんじゃそこらの恋人とは訳が違う、と僕は思っています。もっと深い絆で結ばれた、運命共同体のような存在……この間、コーヒーチェーン店で白石さんに話した時、改めてそう確信しました……だから、急ぐ必要はないです。何があっても、僕の気持ちは変わりません」
悠真が一気にそこまで言い切ったあと、しばらく沈黙が流れたが、美月が天を仰ぎながら「はあ〜〜〜」と長い溜息をついた。
「……うんうん、そうだよね、うん。」
美月は自分に言い聞かせるように頷きながら呟いた。
「運命共同体だよね、私たち。もうすでに。夫婦でもないのに。私は夢を叶える。それには悠真くんが必要だし、悠真くんも昔から苦しめられてきた脳の使い道を見つけた」
「そうです。何人たりとも、我々の絆を妨げることはできないです」
「信じていいんだよね?」
「え?」
「……ううん、何でもない」
美月は首を振りながら、顔を上げ、悠真を見つめた。さっきまで取り乱していた様子は既になく、いつもの美月の雰囲気を取り戻しつつあった。
「……ゴメンね?何か、悠真くんのこと、襲っちゃったみたいで」
美月がはにかんだような、からかうような、様々な感情が入り混じった表情でそう言った。
「い、いえ……ビックリしましたけど……嬉しかったです。恋人として、激しく求められた感じがして」
「……でも、心の準備が、とか、うら若き乙女みたいなセリフ言ってたね」
「……!そ、それは……」
「ハハッ。いたいけでウブな男子高校生を、たぶらかしちゃったか〜」
冗談っぽく言ったあと、美月は顔を悠真の胸に埋めた。
「……私だけの悠真くんでいてね」
「……もちろんです」
「ねえ」美月が悠真の顔を見上げた。「もう一回……キスして」
「わかりました」
今度は、二人とも落ち着きながら、唇を重ねた。
自室のベッドに倒れ込んだソラは、天井を見つめたまま動けずにいた。
(……なんで私、あんなことしちゃったんだろ)
休憩室で悠真に抱きついた、あの瞬間の心臓の音が耳の奥で鳴り止まない。
開店前、ソラがホールに入った瞬間、2人は慌てて離れたように見えた。あのコーヒーチェーン店で2人の独白を受けた夜もイチャイチャはしていたが、更に美月と悠真の関係が強固に深まっているのを感じる。
(影響を受けたの?あたしが?)
もし影響を受けたのだとすれば⋯⋯原因は間違いない。
悠真のリセット⋯⋯つまり、悠真の脳内活動を長期に維持するためにはソラが必要、という事実。
悠真の運命を握っているのは、美月ではなく、自分。
(あいつには、あたしが必要なんだって、言いたいのかも。……ううん、言いたいんだ)
バイトではいつだって彼に助けられている。盗撮の犯人探しもやってもらってて⋯⋯関わりが増えていくたびに、どんどん惹かれているのを、認めざるを得ない。
けれど、それ以上にソラの心を熱くさせているのは、ある種の征服感だった。
今の自分には全く足りない、大人の女性として完璧なものを持っている美月が心を奪われている、最愛の男性の運命を、自分のこの手が握っているんだと思うと、どうしようもなく気持ちが高ぶってきてしまう。
(……でも、あの後。美月先輩に何て言われたんだろう)
たぶん、色んな疑惑を持たれてしまったに違いない。
悠真がどう答えているかもわからない。
でも、ソラは美月から直接聞かれない限りは、何も言うつもりはなかった。
ソラは、自分の両手を見つめた。
(この手がなければ、もうあいつは立っていられない。……たとえ、心がどこにあろうと。)
自分が足を踏み入れている場所が、単なる「憧れ」や「好意」といった綺麗な言葉では決して測りきれないほど、昏く、深い執着の色を帯び始めていることに、ソラは気づき始めていた。




