二度の未遂、重なる既視感
1時間後、ファミリーレストラン「クローバー」は オープンした。
土日祝の朝にやっている「モーニングセット」がお得だと評判で、この日もオープンして間もなくほぼ満席状態となった。
タブレットを通じ、「よーいドン」で一斉にオーダーが入りだす。
とは言っても、ほとんどの客がモーニングセットをオーダーすることはわかっているため、キッチンでは数種類に分かれているモーニングの料理がそれぞれ大量に準備されており、盛り付けるだけの状態になっている。
それらを悠真の指示の下、ホール係が順番にどんどん運ぶ。
「白石さん、モーニングA2つを7番テーブルへ。瀬戸さん、3番テーブル、モーニングB3つですが、1つだけライスとみそ汁です。間違えず用意して持って行って下さい」
「は~い」
「了解!」
美月、ソラからの返事がキッチン前にこだまする。
順調に回転していたが、1つ目のトラブル発生。
「……だから! ずっと待ってたって言ってるだろ! 名前呼ばれてないぞ!」
エントランスで、初老の男性がソラに詰め寄っていた。一度呼び出した際に不在だったため次のお客を案内したのだが、戻ってきた瞬間に「飛ばされた」と立腹したのだ。
「……すみません、お呼びした時にお見えにならなかったので……」
不慣れなソラがたじろぐ。悠真はすかさずフォローに入り、冷静に頭を下げて次の空席へと優先的に案内した。
次にトラブル2つめ。モーニングセットのうち、どうしても人気のセットとそうでないものとで差が出る。人気のセットの場合はやはりお待たせすることになる訳だが、人気セットを頼んだ客が、自分より後に頼んだが人気薄だったためすぐ用意でき提供された客を見て、「どーなってんの?あの人より私、早く注文したんだけど」とクレームが来た。
これも、悠真が出向き、ただ事情説明をするだけでなく、客の不満の聞き役となることで溜飲をさげてもらう形で収めた。
このあたりが悠真のシゴデキたる所以だ。
当初、バイトを始めて間もなく、悠真は効率性を追求した。オンモードの脳内演算によって効率的な最適解を導き出すのは造作もなかった。
それによって、店側のオペレーションは飛躍的に向上する、という劇的な改善が見られたものの、困ったことに、お客の満足度低下、という新たな問題が発生してしまった。
悠真が導く効率的な最適解は、お客の我慢や犠牲の上に成り立つものも含まれていたからだ。
そんな時、悠真の目に飛び込んできたのは、美月の、心が込められたサービスだった。そのお客様が何を望んでいるのかを引き出し、できるだけ希望通り行くよう、希望通りできなくても納得感を得られる落としどころを見つけて、1つ1つ丁寧に対応していた。
一見すると、非効率的な対応に見えるが、これこそが究極のオペレーションだ。店内オペレーションはお客の我慢や犠牲にならない範囲で効率化し、どうしても不満が出た場合はお客に寄り添って出来得る範囲で落としどころを見つける。
これによって、両立の難しい 「店内オペレーションの最適化」と「お客様満足度の向上」2つを同時になし遂げているのがシゴデキの悠真である。
(スタッフの間では、「店長より給料を多くあげるべき」との声が絶えないが、本人は「時給に見合った労働を提供しているだけです」と至って無機質だ
)。
2つのトラブルを鮮やかに捌ききった悠真の采配により、フロアは通常運転が維持された。
そのまま息つく暇もなく、メニューはランチへと切り替わる。
土日祝はランチメニューがない。その代わり、既存の様々なメニューが出ていく。
モーニングに比べると、どうしても効率が落ちてしまい、オペレーションが複雑化するため、悠真への依存度はさらに高まる。
仕事に没頭することで、 悠真は狙い通り、「昨夜の余韻」を思い出すことはなくなっていた。
その一方で、脳内オンモードの維持が難しくなってきた。
いつもは休憩時にスイッチをオフにして回復に努めるが、今日は15時をまわるまで一切まとまった休憩が取れなかった。
悠真はキッチン前でオーダー確認しつつ、周りを見渡して美月の姿を探した。
美月は15分ほど前に昼休憩に入っている。美月が休憩時は店外で食事することを悠真は知っていた。戻ってくるまでにまだ時間がありそうだ。
(白石さんに、脳内リセットしてもらうなら今だな)
そばで、次の料理が出来上がり次第運ぶため待機していたソラに悠真はそっと近づいた。
「……白石さん、今から、僕の脳内リセット、お願いできますか?」
「……今、2人抜けて大丈夫なの?」
「次の料理が出来上がるまで少なくとも3分はかかります。それまでは大丈夫です」
「……わかった」
「では、30秒後、休憩室に来て下さい」
そう言い残し、悠真が先に向かう。
きっちり30秒後、ソラが休憩室に来た。
「では、お願いします」
悠真が両手を差し出す。
「うん……」
ソラがその手をそっと掴んだ。
指先から伝わる柔らかな体温。それだけで、悠真の疲弊した脳内が見事なまでにクリアになっていくのがわかる。
「……ねえ」
ソラが下を向きながら、つぶやくように言った。
「どうしました?」
「触れている場所が増えたら、回復早くなるのかな?」
「それは……わかんないですね」
「じゃ、試そっか」
「……どうやって……っ!!」
ソラが、悠真の胸に飛び込むように抱きついた。
クリアになりつつあった悠真の脳内が、今度は真っ白になった。ソラの華やかな香りが悠真の鼻腔を刺激する。
「……し、白石さん!?」
「時間ないでしょ。これで早く回復するなら……いいじゃん。どう?」
「……ハッキリとはわかりませんが……」戸惑いつつも、悠真は脳内の状態を確認した。「もしかしたら、早いかもしれません」
「そっか、よかった」
抱きついているためソラの表情は見えないが、耳は赤くなっているのがわかる。
「……耳、赤くなってますよ」
「……知らない!」抱きついたまま、ソラは強く言った。「せっかくやってあげてるのにからかう気?」
「そんなつもりは……ただ、見たまんまを口にしてしまいました……すいません」
二人の間で甘く、けれどどこか気まずい沈黙が流れた瞬間、休憩室のドアがガチャッと音を立てた。
心臓を素手で掴まれたような衝撃に、弾かれたように離れる二人。
入り口に立っていたのは、休憩で外出から戻ってきた美月だった。
開店前、フロアでソラに見つかった時と全く同じ状況。
悠真は既視感を覚えずにはいられなかった。……ただし、隣に立っている相手は異なるが。
「……あれ? 二人とも、ここで休憩?」
美月は努めて冷静に尋ねた。
既視感を覚えたのは美月も同じだった。あまりに不自然な2人の距離感と、ソラの紅い高揚した顔。そして何より、自分と目が合った瞬間に悠真が見せた、あからさまな動揺。
それだけで、鋭い彼女が違和感を抱くには十分すぎた。
「あ〜え〜っとぉ……そうだ!店長に呼ばれてるんだった!」
いたたまれなくなったソラが、そう言い残しそそくさと休憩室を出て行った。
美月は何も言わずそのまま見送る。
「僕も戻らないと」
悠真もしれっとソラに続いて出ていこうとしたが、美月がドアの前に立ちふさがった。
「悠真くん、今日、バイト上がり時間取ってね?」
「あ……はい、わかってます」
「……絶対だからね」
美月は顔こそ微笑んでいるものの、有無を言わせない凄味溢れる圧力を悠真に向けながら念を押した後、そのまま立ち去った。
(……危なかった……決定的な場面は見られていないと思うが……後で詰問されるのだろうか。そのシミュレーションはしておくとして……昨夜以上のことを求められる可能性も……)
1人休憩室に残された悠真は胸を撫で下ろしながらも、バイト上がりに待っている断罪を予感して、恐怖とも期待とも言い難い、複雑な思いが渦巻いていた。




