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学校で地味メガネな僕がバイト先ではシゴデキな件。~年上彼女との秘密の恋に、新人の同クラギャルが割り込んできた~  作者: acid-junky


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19/22

整わない感情、没頭する作業

 明けて翌日、日曜日の朝。開店前の『クローバー』。


 悠真は、昨夜の出来事によって乱れた自らのコンディションをフラットに戻すべく、いつもより早く出勤し、一分の隙もない手順で開店準備をこなしていた。


(……よし。ドリンクマシン、自動洗浄完了。あとは全席の注文用タッチパネルを立ち上げて動作確認。至極順調)


 一切の雑念を排除した正確さで作業を完遂しようと努めるが、ふとした瞬間に網膜をかすめるのは、あのハイビスカス柄のビキニの鮮やかな色彩と、公園で重なった唇の、逃げ場のない熱。


「おー、水瀬副店長。朝から気合入ってんね〜」

 背後から、軽い調子で声をかけてきたのは店長の小杉だ。


「……おはようございます、店長。あと、副店長じゃないですってば」

「いやいや、そのフルスロットルぶり。いくら君でも、オープン1時間前からその飛ばしっぷりはちょっと異常だよね……さては水瀬くん、何か悩みでもあるのかな~? 」

 小杉はカウンターに肘をつき、悠真の淀みない手際を眺めて楽しそうに目を細める。


「それとも、何か作業に没頭してないと、余計なこと考えちゃいそうとか?」

 小杉の冗談めかした、けれど核心を突いた言葉に、悠真の指先がわずかに止まる。

 もちろん、店長の小杉にも美月と付き合っていることは秘密だ。もし今のこの焦燥からボロが出てバレれば、取り返しがつかない。


「いえ。昨日は一日オフだったので、少し体がなまっていて。早めに動いて仕事モードに切り替えているだけですよ」

 悠真は努めて冷静に弁明した。


「はは。相変わらずストイックだねえ。ま、無理のない範囲で頑張ってちょ!」

 小杉は悠真の肩を叩き、いたずらっぽく笑った。軽いノリだが、妙に勘が鋭い時もあるので要注意だ。


 カチャ、とバックヤードの扉が開く音がした。


「おはようございます、店長……悠真くんも、おはよう」

 現れたのは、美月だった。


 昨夜の熱を帯びた吐息も、扇情的な瞳も、今は跡形もない。完璧な「店のマドンナ」の表情で、彼女はそこに立っていた。


「おっはよー美月ちゃん! 聞いてよ〜。水瀬くんがさ、朝からキレッキレに開店準備してくれてんの。昨日オフで体なまってるからウォーミングアップだってさ。ストイックだよね〜」

 小杉が、悪気のない明るい声で悠真の「嘘」を美月に差し出した。

 その瞬間、悠真の背中に変な汗が伝う。


「……へぇ。体がなまっちゃうくらい、昨日は『のんびり』してたんだ?」

 美月が、悠真にだけ分かる微かな挑発を込めて目を細める。


「⋯⋯まあ、はい」

 悠真は目線をそらし、眼鏡のブリッジを指で上げながら、必死に動揺を押し殺して答えた。


「普通は体がなまってたら、そのままお店に来るのも億劫になりそうなもんだけど。逆に早く来てフルスロットルで動いて解消しようとか、僕なら考えられないな〜ハハッ」

 小杉が自虐気味に呟いた後、「おっと、今のうちに事務作業やっとかなきゃ、エリアマネージャーに後でドヤされる〜」と言ってそそくさとバックヤードに引っ込んで行った。


 静まり返ったフロアに2人きり。


 悠真の脳裏に、否が応でも、昨夜のことがフラッシュバックする。


「夕べは帰ってからちゃんと眠れた? 悠真くん」

 美月が、一歩、距離を詰める。


 小杉がいた時には見せなかった、湿り気を帯びた声音と、悠真にだけ分かる「昨夜の続き」を孕んだ視線。


「⋯⋯普通に、眠れましたよ」

「嘘。少し目が赤い」

「⋯⋯っ!⋯⋯み、いや、瀬戸さんこそ、どうなんですか」

 図星だった悠真は、少しムキになって言い返した。


「私?」美月は自分を指差した後、その指をそのまま悠真の胸の辺りに這わせた。「私は⋯⋯気持ちが昂ぶって⋯⋯眠れなかった⋯⋯」

 美月の指が自分の胸を往復する度に、悠真はゾクゾクした。

 昨夜の公園の興奮が蘇る。


 悠真が美月を抱き締めたい衝動に駆られた瞬間、


「オッハヨーゴザイマース!」

 勢いよくバックヤードの扉が開き、元気なギャルモードのソラが入ってきた。


 バッと素早く離れる美月と悠真。2人とも、何事もなかったかのように取り繕うとしたが、その動きはどこかぎこちなくソラの目には映った。


「あれ〜?ひょっとしてあたし、お邪魔でしたかあ〜?」

 おどけた様子でニヤニヤしながら、ソラが聞いた。


「ううん、そんな訳ないじゃない、ねえ?」

 動揺を隠しながら、美月が悠真に振る。


「ええ。付き合っているのが周りにバレるようなリスク、犯しませんよ」

 悠真は眼鏡のブリッジを上げながら、すっかりシゴデキモードに戻って言い放った。


(昨夜のことは一旦忘れて、引き締めないと。これ以上秘密を知る人を増やすわけにはいかない)

 悠真は自戒を込めてそう決心した。


「ふ〜ん、そっか。まあ、あたしには関係ないけどね」

 ソラは、悠真と美月の間に流れるじっとり湿った空気を敏感に察知しながらも、あえて知らないフリをした。


「で?あたし、開店前から入るの初めてだから、何したらいいか指示して?」

「わかりました。ではまず、全テーブルをそのふきんで一旦拭き上げた後、今度はアルコールを噴霧して拭き取って下さい」

「は〜い、副店長〜」

「いや、違いますって」

 ソラとの軽いノリのやり取りで、悠真は完全に落ち着きを取り戻した。


 だが、その様子を傍らで見ていた美月の胸には、再び複雑な感情が渦巻いた。


 今は仕事。それは痛いほどわかっている。

 でも、つい数分前まで自分だけに向けていた悠真の乱れた呼吸や、あの熱い視線。

 それをソラの無邪気さが、いとも簡単に奪い去ったかのような感覚。


(……私も、作業に没頭しないとやってられないかも)

 美月は小さく息を吐き出し、フンッ!と自分に気合を入れ直した。


 そして、まだ水気の残るグラスを手に取り、まるで自分の乱れた心を削ぎ落とすかのように、一心不乱に磨き始めた。




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