正解の崩壊、渇望の抱擁
美月は、まずは悠真が選んだ水着を装着した。
清楚なデザインだがフリルがあることでかわいさも兼ね備えている。悪くない。普段の美月なら、選んでいてもおかしくない水着だ。
「じゃ~ん、まずはこっち~」
美月は試着室のカーテンを開け、悠真の前でおどけてポーズを取って見せた。
「どう?自分が選んだ水着を着た彼女を見た感想は?」
「……凄く、凄く似合っています。まるで完成された芸術品のようです」
悠真が照れることなく、凝視しながら答えた。
なかなか、熱い目をしている。でも、この間、ソラへ向けていた熱量にはまだ足りない。
「ちょっとガン見し過ぎじゃない? さすが男子高校生!」
美月はからかうように言った。
「失礼しました。ですが、美月さんの美しさを正確に記録しようとすると、どうしても視線を外すことができなくて……。その水着を選んだ自分の判断は、正解だったと確信しました」
悠真は真顔でそう答えたが、美月は物足りない。
(……正解、なんていらないの。私が欲しいのは、もっと「間違い」そうな、剥き出しの悠真くんなんだから)
美月はわざと意地悪く口角を上げると、カーテンを半分閉じながら、彼を挑発するように囁いた。
「じゃあ、次はもう1つのちょっと大胆な方……着替えてくるね。悠真くんの『正解』が、書き換えられちゃうかもしれないよ?」
「……楽しみです」
「乞うご期待!」
美月はカーテンを閉め、もう1つの水着を着用し始めた。
(もっと悠真くんの熱い気持ちを引き出さないと……そうだ)
美月は、鏡に映る自分を見つめながら、ある策を思いついた。
「悠真く〜ん」
美月は試着室の中から、わずかに鼻のかかった、甘える声で呼んだ。
「ちょっと、背中の紐、細くて持ちにくいから、悠真くんが結んでくれない?」
「え!?まずいですって。ここは公共の場所ですし、僕が中に入るのは論理的に考えても……」
「いいから……ね? 私、信じてるから。入ってきて?」
「いや、ダメです。万が一誰かに見られたら……」
「お願い! 私一人じゃ、これ、着られないの……っ」
「いやいや……」
「もうっ!」
美月はカーテンを少しだけ開き、上気した顔をひょっこりと出した。
「背中向けてるから安心して? 私の『特別』は、悠真くんだけだから」
「…………っ。……わかりました」
悠真が周囲を一度だけ、警戒するような鋭い目で見渡した後、観念したように試着室の中へと足を踏み入れた。
「……じゃあ、首の後ろを結ぶところからお願い」
美月は背中を向け、ビキニの上を胸に当てて左手で押さえ、右手で後ろ髪を横に流し、うなじを露わにした。
透き通ったガラス細工のような美しい背中と、色香漂う妖艶なうなじが眼前に広がり、悠真はクラクラしながら少し震える手で首の後ろ、そして背中の2箇所を紐で結んだ。
「……結べました」
悠真の声が、わずかに上ずっている。
結び終えた指先は、まだ彼女の熱を帯びた肌の感触を覚えていて、離すタイミングを見失っている。
「ふふ、ありがとう。……ねえ、こっちの水着の方が、さっきの『正解』よりずっといいでしょ?」
美月はゆっくりと、わざとらしく悠真の方へ振り返った。
大輪のハイビスカスが咲き誇るビキニは、彼女の白い肌をこれ以上ないほど鮮烈に引き立てている。
狭い試着室の中に、清潔感の奥に官能を秘めたホワイトムスクの残り香と、わずかに上気した肌の熱が充満する。
「……美月さん、素晴らしい……」
悠真の言葉が途切れる。
美月がその瞳の奥に見たのは、自分の戦略が、彼の理性という名の防壁を確実に、そして無残に破り始めているという確信だった。
「……とにかく、綺麗で美しい。ただただ、圧倒的です」
悠真は、絞り出すような声で、シンプルだがこれ以上ない賛辞を口にした。
その瞳は、彼女の姿を網膜に焼き付けようとするかのように、熱く、潤んでいる。
(……やっと、見せてくれたね。その熱い眼差し)
美月は満足げに口角を上げると、躊躇うことなく、悠真の胸に飛び込んだ。
「……っ!? 美月さん、何を……!」
悠真が慌てて身を引こうとするが、狭い試着室では逃げ場がない。
美月は彼の首に腕を回し、いつもよりずっと深く、その体を強く抱きしめた。
「……悠真くん、ありがとね。褒めてくれて。とってもうれしい」
美月は、彼の耳元で小悪魔的な囁きを落とす。
ビキニ越しに伝わる、柔らかく、けれど確かな弾力を持った彼女の胸の感触。
悠真の脳内の論理回路は、その圧倒的な「質量」と「熱」によって、完全に焼き切れた。
「えっ……え?」
混乱する思考とは裏腹に、身体は彼女の熱を求め、下腹部から突き上げるような、制御不能な衝動が全身を駆け巡る。
腕を回すべきか、突き放すべきか。悠真の手が、空中で滑稽に彷徨う。
「……悠真くん?」
美月は、彼の胸元に顔を埋めたまま、上目遣いで悠真を見つめた。
その瞳には、一人の男を翻弄し、理想の仮面を剥ぎ取ったことへの、この上ない悦が宿っていた。
「美月さん……っ!」
悠真が、我慢しきれず美月を強く抱きしめ返した。
オンモードの理屈などどこかに消え去り、そこにはただ、一人の女を欲する剥き出しの少年の姿があった。
(……よし、これで確実に上書きできた!)
腕の中に伝わる悠真の激しい鼓動と、自分を求める力の強さに、美月は心中で高らかにガッツポーズを決めた。
その時、カーテンのすぐ外側から、店員の落ち着いた声が響いた。
「お客様、サイズはいかがでしょうか? お手伝いが必要でしたら……」
その声に、二人の時間が凍りつく。
悠真の体がビクリと跳ね、美月もまた、勝利の余韻から一気に現実へと引き戻された。
「あ、はい。大丈夫です。すぐに出ますね」
努めて冷静に、美月が返事した。




