第十一章-3 帰る場所
帰路は順調に進み、ルークたち使節は無事に皇国へと辿り着いた。王城ではすでに帰還の報が届いており、謁見の間には廷臣たちが整然と並んでいる。玉座には、女皇アリーシャが座っており、扉が開かれるのを待っていた。
やがて従者が使節団の到着を告げると、王配、ルークを先頭に、使節団が誰一人欠けることなく入ってきた。
遠征の疲れは見えるものの、その背はまっすぐ伸びている。赤みを帯びた茶の瞳が、まっすぐ玉座を見上げている。アリーシャの胸が、強く鳴った。
「――女皇陛下、只今帰還いたしました」
ルークは玉座の前で膝を折り、頭を垂れる。
「帝国との交渉、無事に終え、使節の任を果たしました」
謁見の間に、安堵の空気が広がる。アリーシャは静かに頷いた。
「ご苦労でした、王配殿下。顔を上げてください」
ルークが顔を上げる。その表情はどこか、晴々としているようだった。
「詳しい報告は、後ほど執務にて聞きましょう。今日は長旅の疲れを癒しなさい」
「……は」
そのとき、近くに控えていたジークハルトが一歩前へ出た。
「陛下、王配殿下。使節団の者たちは私が案内いたします」
そして、わずかにルークへ視線を向ける。ジークハルトは含みを持った笑みを浮かべていた。
「……殿下は、少しお残りください」
ルークがわずかに眉を上げたが、何も言わない。
やがて一人、また一人と退出していく。広い謁見の間から、人の気配が消えていく。最後にジークハルトも一礼して退がり、扉が閉じられた。
静寂が訪れた、その瞬間だった。アリーシャが、玉座から立ち上がる。そして一目散にルークへと駆け下りた。
「……!」
ルークが目を見開く。アリーシャはそのまま、彼の胸へと飛び込んだ。ぎゅっと、強く抱きつく。腕の中で、アリーシャの肩が震えている。
「……お帰りなさい」
涙混じりの声だった。しかし、ルークを見上げるその顔は、やっと緊張の糸が切れたように安堵していた。ルークの腕が、ゆっくりとアリーシャの背へ回る。そして――強く、抱きしめた。
「……ただいま」
アリーシャの髪に顔を寄せ、ルークは小さく息を吐いた。
「もう、心配いらない」
その言葉に、アリーシャはさらに強く抱きついた。涙が一粒、ルークの胸元へ落ちる。二人は何も言わず、ただ、互いの温もりを確かめるように、抱きしめ合っていた。
やがて――アリーシャが、ゆっくりとルークに顔を向ける。
「……本当に、無事でよかった」
かすかに震える声だった。ルークは、その頬にそっと手を添える。
「……きっと無事に戻ってくるって、言い聞かせてたわ。でも……それでも不安で堪らなかった」
その言葉に、ルークの表情がわずかに緩んだ。
「俺もだ。帝国にいても考えるのはアリーシャのことばかりだった。……アルシオのこともな」
「あの子は元気よ。よく笑うの」
「そうか」
ルークの声が、少しだけ優しくなる。元気な我が子が、父が戻ったことを知ればどんな反応をするだろうか。
「……会いたいな」
その一言は、どこか不器用で――けれど確かな願いだった。アリーシャは、ふっと微笑む。
「すぐに会いに行ってあげて。あなたを待っているもの」
その言葉に、ルークは一度だけ目を伏せた。
そして、再びアリーシャを見つめる。
「帰ってきた。――ここが、俺の帰る場所だ」
静かに、確かめるように。アリーシャは頷いた。
「ええ。そうね」
二人は、自然に距離を縮めていた。そっと――唇が重なる。触れるだけの、静かな口付け。ちゃんと、帰ってきたと伝えるために。だが、それは何よりも深く、確かなものだった。




