エピローグ
一年後。産声が、静かな朝の空気に響いていた。長い夜が終わり、薄い光がカーテン越しに差し込んでいる。
全身の力が抜けたように重く、それでも胸の奥は不思議なほど穏やかだった。
「はじめまして。わたくしの子……」
腕の中に渡された小さな命を見つめながら、アリーシャは微かに笑う。濡れた産毛は淡く金色に光っていた。大きな声で元気よく泣いているのは、アリーシャとルークの二人目の皇子だった。
この子がどんな未来を歩むのか――まだ何も分からない。けれど、守りたいと、それだけは強く思えた。
「よく頑張ったな、アリーシャ」
顔を上げると、ルークが立っていた。腕には一歳になったアルシオを抱いている。アルシオの生まれた時とは違い、狼狽える様子はない。無事に我が子が生まれた喜びと、アリーシャを気遣う穏やかな眼差しがあった。
ルークは、腕の中のアルシオに静かに語りかける。
「アルシオ。お前の弟だ」
アルシオは父の腕の中で、じっと生まれた弟を見つめている。その様子が微笑ましく、アリーシャの胸がやわらかく満たされた。
ルークの手が、そっとアリーシャの頬に触れる。
「ありがとう、アリーシャ。ゆっくり休んでくれ」
「ええ……そうさせてもらうわね。――ルーク、ありがとう」
ルークはアリーシャと、生まれた赤子の額にそれぞれ口付けを落とした。
政略で始まった関係だったはずなのに。
いつの間にか、この人は――自分の世界の中心になっていた。
「……ねえ」
アリーシャは静かに言う。
「この子たちを、守っていけるかしら」
それは母としての問いであり、同時に――女皇としての問いでもあった。
ルークは、迷わず答える。
「大丈夫だ。――お前と一緒ならな」
その言葉に、胸の奥の何かがほどけた。
この国は小さい。周囲には大国があり、時に翻弄される。
それでも――ここには守るべきものがある。
腕の中の命。
隣に立つ人。
そして、この国そのもの。
アリーシャはゆっくりと瞳を閉じた。
窓の外には、澄み渡った朝が広がっている。
セレスティア皇国もまた、新しい時代へと歩み出していた。
――この小さな命とともに。




