第十章-3 血との決着
「――そこまでだ」
その時、低い声が庭園に響く。全員が振り向いた。庭園の入口に二つの影が立っている。マティアスとセレナだった。マティアスは倒れた兵士たちを見回し、口元を歪める。
「王配殿下、これだけの人数差、ものともしないか」
エミリオが舌打ちした。
「兄上。セレナ。邪魔をしないでいただきたい」
マティアスは薄く笑い、肩をすくめる。
「邪魔?助けに来たの間違いだろう」
マティアスは倒れている兵たちの顔ぶれを確認する。帝国軍事に明るいマティアスだが、知った顔はいない。エミリオの子飼いの私兵かは知らないが、決して弱いわけではないだろう。それ以上に、洗練された皇国の近衛兵たち、ジークハルトの突出した剣技、ルークの動きは悪くはなさそうだが、そういえば毒を受けていたと聞いたな……。それでまあ、よく動いたものだ。帝国の兵たちは、後でたっぷりと鍛え直さなければ、マティアスはそう思うのだった。
青い顔で俯いているエミリオの前に立ち、マティアスは真っ直ぐ見下ろす。
「どう見ても、お前の負けだ」
「まだ終わっていない!」
マティアスが小さく笑った。
「諦めろ。お前ではこの男は殺せまい」
「……だが、生かしておけば危険だ」
マティアスはルークを見る。セレナが静かに口を開く。
「……お兄様。諦めてください。これ以上、事を大きくすれば、外交問題となります」
その声は、冷静だった。
「それに、先ほど感じたでしょう?この方を怒らせてはならないと」
セレナ達も、感じていた。ルークの後ろ姿、その低い声色からも、圧倒的な覇気を。
「意思は無いとおっしゃっているのです。これ以上藪を突く事は、得策ではありません」
エミリオは、それでも納得していないようだった。だが、その手が、かすかに震えていたのは明らかだった。
マティアスは、エミリオの代わりにルークへと頭を下げる。
「王配殿下、愚弟のしでかした事、代わりに謝罪しよう。我らとて、皇国と戦がしたいわけでは断じてない。帝国の後継問題に巻き込んだ事、深く詫びよう」
幸い、ルーク達には怪我は無い。国際問題とするのは、皇国としても何も得るものはなく、そもそもルークは、話をつけに来たのだ。
「マティアス殿下、頭をお上げください。我らとて、大事にしたい訳ではありません。私の意思を受け取っていただければそれで良いのです。エミリオ殿下からは、しっかりと誠意は受け取りたいですがーー」
ちらっとエミリオを見れば、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「それはもちろん」
マティアスもエミリオへ視線を向けた。
「エミリオ」
短い一言だった。だが、その声には逆らえない圧があった。
エミリオはしばらく何も言わなかった。歯を食いしばり、拳を握りしめている。やがて――ゆっくりとルークを見た。
「……王配殿下。先ほどの非礼、それに今までの無礼を詫びよう」
その手の震えは、恐怖からか、悔しさからかはわからない。
「……そして誓う。金輪際、あなたに手を出すことはない」
エミリオからは敵意がまだ消えていない。だがその奥に、拭いきれない畏れが滲んでいた。
「エミリオ殿下、貴方の謝罪受け入れましょう」
一歩だけ距離を詰める。
「貴方方と私は無関係だ。ただの隣国の王族――それ以上でも、それ以下でもない。どうか、無益な争いは望まぬことを理解していただきたい」
――こうして、帝国での決着はついた。ルークは再び、皇国の王配として帰る。彼を待つ、ただ一人の女王のもとへ。




