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皇国のアリーシャ  作者: 岡井チマ
第三部
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第十章-2 剣戟の庭

 エミリオがそう口に出した直後、ルークはうなじがピリつく感覚を覚えた。ゆっくりと視線を巡らせる。庭の木立の奥、石畳の陰、わずかな金属音がかすかに聞こえる。ルークは静かに立ち上がった。


「分かり合えないか、仕方ないな」


 そして、数名の帝国兵が姿を現す。一人、また一人と、抜き身の剣を構え歩き出てきた。ガゼボの周囲の近衛たちも剣を構えている。


 ルークは、低く叫んだ。


「ジーク! エルンスト!」


 その声と同時に、エルンストは隠し持った剣をルークに投げると、ルークは剣を素早く受け取る。背後の木立からは、ジークと近衛兵二人が飛び出した。


 対する兵士は十数人。数では明らかに不利だった。だが、ルークの表情は変わらない。ゆっくりと剣を構える。しかし、エミリオは手を後ろで組んだまま動かない。


「……お前は剣を抜かないのか?」


「生憎、私は剣の腕は全然でして。だが、彼らは強いですよ。――ここで終わりです、王配殿下」


「こちらとしても――そろそろ終わりにしてもらいたいところだ」


 その瞬間、ジークハルトが地を蹴り、一直線に兵士へ切り込む。鋼がぶつかる音が庭園に響いた。続いて近衛兵二人が前へ出て、一気に前線がぶつかり合う。ガゼボでは剣は思うように振れない。ルークは段を降りて広い場所へと出る。ルークの前には、近衛兵一人とエルンストが立った。だが、敵は正面だけではない。横の木立からさらに四人が飛び出す。近衛兵とエルンストが、それぞれ一人を受け止めた。鋼の音が重なる。だが残りの二人が、ルークへ迫る。

 ルークは一歩踏み込み、剣を構えた。振り下ろされた刃を横へ流す。すぐ横からもう一人の剣が迫るが、身をひねって避けると、体勢を崩した兵士の腹へ蹴りを叩き込んだ。兵士がよろめくが、最初の兵士が再び剣を振り上げる。ルークは真正面からそれを受け止めた。今度は受け流せず、鍔迫り合いとなった。互いの顔がすぐ目の前にある。その瞬間――左手がわずかに震える。毒の後遺症で、柄を握る手の力が抜けそうな感触がした。

 そこへ、もう一人の兵士の刃がルークの胴を狙って迫ってくる。切られるーーそう思った時、ガキン!と鋼が弾かれる音がした。横から割り込んだ剣が、その刃を受け止めていた。エルンストだった。そのままルークの前へと滑り込んで、兵士へと対する。


「殿下!こちらはお任せください!」


 エルンストが一人を受け止めてくれた。だが、こちらの鍔迫り合いは続いている。長引けば不利だ。受け流す余裕はない。押し返すしかない。


 じりじりと、刃が近づく。腕が軋む。――まずい。その時、ふいにアリーシャの顔が浮かんだ。震える左手に意識を向ける。逃がすな、と自分に言い聞かせるように、柄を握り直した。

 その時だった。背後で風を裂く音がした。次の瞬間、兵士の身体が大きく揺れた。背中から刃が突き抜けている。兵士の剣から力が抜け、崩れ落ちた。その向こうに立っていたのは――ジークハルトだった。彼の剣先から血が静かに滴る。


「悪い、遅かったか?」


 ニヤリと笑うジークハルト。ルークは息を吐いた。


「いや、助かった」


 その頃には、戦いは終わりつつあった。残った兵士も次々と倒れていく。やがて庭園には、静寂だけが残った。倒れた兵士たちの間を、ルークがゆっくり歩く。血を払った剣を鞘へ納める。そしてエミリオの前で止まった。


「これでも足りないか……」


「俺を倒すつもりなら、この倍は用意するべきだったな」


 ルークの目からは戦意が感じられなかった。


「何度でも言うぞ。俺は後継の意思はない。無駄なことはするな」


 エミリオが冷たい笑みを浮かべた。


「私を殺さないつもりか。とんだ甘い男だな」


 エミリオの瞳が鋭くなる。


「私がこれで諦めると思うのか?――お前の弱点など、わかりきっている」


 一方ルークへと歩みよる。


「女皇と皇子を狙うぞ。それでもいいのか?」


 その瞬間、空気がガラリと変わった。ルークの眼光が鋭くなる。ゆっくりとエミリオを見下ろした。


「……もし」


 低く、抑えた声だが、エミリオは背筋が凍るのを感じた。

「二人に手を出してみろ」


 その瞬間、空気が重く沈んだ。呼吸がうまくできない。


「――お前もろとも、帝国を滅ぼす」


 それは脅しではなかった。ただの宣告だった。エミリオの背を、冷たい汗が伝う。その覇気は――まさしくエミリオが恐れている父親。皇帝セヴェルスそのものだった。喉がヒクつき、エミリオは声が出せなかった。



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