第二章-2不吉な知らせ
不吉な知らせが届いたのは、その夜だった。地方へ向かう山道で、大規模な崖崩れが起きた。王の馬車と近衛騎士、同行していた貴族たちが巻き込まれたという報せが届いた。
城内は瞬く間に騒然となり、悲鳴と混乱が交錯した。駆け込んできた伝令の青ざめた顔を見た瞬間、胸の奥が冷え切る。嫌な予感が、現実になろうとしていた。
――王は、帰らなかった。
翌日、ケイネスの亡骸は帰ってきた。王城へと戻ってきた近衛騎士十数名、同行していた貴族たちと共に。その中に、ルーク・アリスターがいた。
ヴァンがアリーシャへとケイネスの最後を伝える。
「陛下が乗っておられた馬車に落石が当たり…衝撃で崖下へと転落されました」
「私とそこのアリスター卿が馬で崖下へ駆けつけた時には多量に出血されており、応急処置は行いましたが……。 ケイネス王は……最期まで、気丈でした」
報告を受け取ると、アリーシャはおぼつかない足取りで棺のケイネスに会った。遺体は簡素な棺に納められているが、多量についた血痕が損傷の深刻さを表していた。
堰を切ったようにアリーシャの目からは大粒の涙が溢れ出て来た。
――きっとどんなに恐かっただろう。痛かっただろう。なぜ、兄様が死ななければならなかったのか。兄様がいない世界など、考えたこともなかった。静かに眠るその表情が、容赦なくその現実を突きつけてきた。
山道での大規模な崖崩れ。視察の行程は事前に決められていた。山道を通るルートも、危険がないか事前に下調べがなされていたはずなのに。なぜ、崖崩れが起きたのか。自然発生したもの、予測困難であると理解はできる。
それでも――
王城に残された上位貴族たちは、疑念を隠さなかった。
――今回の視察は、単なる事故なのか。
アリーシャもまた、混乱の渦中にいた。
*
ケイネスの亡骸は綺麗に清められエンバーミングを施され、厳かな棺へと納められた。棺は国葬が執り行われるまで大聖堂へと安置される。
夕方、アリーシャの下へ宰相の遣いが訪れる。アリーシャはサロンにて宰相を待っていたが、現れたのは宰相と、ルーク・アリスターであった。アリーシャの席の前にルークが、その隣に宰相が座る。
「……突然、このような話をする無礼をお許しください」
宰相からの提案は、アリーシャをさらに混乱に落とすものであった。
「皇国は中立の姿勢を守るものと、国力を上げ他国への圧力をかける考えのものに割れております。陛下は我らと共に中立の姿勢を貫いておられましたが、陛下亡き今、均衡は崩れつつあります」
宰相は、言葉を選ぶようにわずかに間を置いた。
「本来であれば、殿下の婚姻相手として最有力であったのは、血筋も家格も申し分ないシュバルツ辺境伯でしょう。ですが、辺境伯を推す者の多くは右派に属しております。婚姻によって王家まで一方へ傾けば、皇国の均衡は保てません」
そして、隣に座るルークへ視線を移した。
「陛下はお亡くなりになる直前に、このルーク・アリスターに殿下を支えお守りする様に命じられました」
一泊置いて、声低く言った。
「アリーシャ殿下には……この者と、婚姻を結んでいただきたい」
息が、止まった。
(なぜ……!?兄の遺言と言うこと……?)
兄様の遺言だというのは理解できた。しかし、胸に広がったのは安堵ではなく恐れだった。兄様を失ったばかりのわたくしに、今度は自分の行末を決めよと告げられている。その重さに、息ができなかった。
「…ごめんなさい。一から説明をしてください」
真意が全くわからないまま、そう問うしかできなかった。
「陛下亡き今、最も尊きお方は殿下です。陛下がご存命であれば殿下は辺境伯か、あるいはどなたか高貴な方のもとへ嫁がれることになりましたでしょう。陛下には跡継ぎはおられませんでした。貴方がお迎えなさる方がこの皇国の行末を左右します。
私どもはこのルーク・アリスターを推挙致します。この者であれば、武力に驕らず、殿下を補佐し支えていけるでしょう」
ルークの表情をみると、真っ直ぐにアリーシャを見つめていた。困惑するアリーシャに対し慮ってくれているのであろう、立ちあがり右手を胸に当て、一礼した後、ゆっくりと口を開く。
「ルーク・アリスターと申します。陛下から、貴方様の夫として、公私共にお支えするよう命じられております。ご決断を急かすようなつもりはございません。
……よくお考えください。どのような決断をされたとしても、我ら臣下は殿下をお支えすることには変わりはありません」
葛藤の末、アリーシャは唇を噛みしめ、静かに答えた。
「……考える時間をください」
そう、答えることしか出来なかった。




