(1)もうあとひと月
※本話には、出産・産後出血・産後の心身の不調に関する描写があります。苦手な方はご注意ください。
セレスティア皇国には、国の花として愛されている花がある。それは、冬から春にかけて雪の間から顔をのぞかせる小さな花で、『雪間の聖花』と呼ばれている。六枚の白い花びらは淡い紫色で縁取られ、中心には黄金色の蕊を据えている。寒さに強く、特段の手入れを必要としないこの花はいたるところで自生しており、冬を耐え忍び、春を迎える花として親しまれていた。
王城の中、特にガゼボやサロンの周囲には球根が植えられており、その白い花は見る者を和ませていた。臨月を間近に控えた女皇アリーシャは、肩にブランケットを掛け、サロンのソファから庭に咲き始めた聖花を眺めている。まだ咲き始めたばかりで、開いた花はちらほらとしか見られないが、これから春にかけ次々に花を咲かせ、皇国に春をもたらしてくれるのだろう。そんなことを考えながら、アリーシャはふと、お腹の子に手を当てた。三人目ともなれば慣れたもの……とは、いかないのが出産である。貧血気味で、政務を思うように執れず、今回は早々に政務を控え、出産に向け体を労わるよう宮廷医から言われていた。
そこへ、アルシオとエクシオを連れた王配のルークがやってくる。アルシオは五歳、エクシオは三歳。ルークはその二人を、片腕にひとりずつ抱えていた。だが、アリーシャの姿を見つけるや否や、二人は競うように身をよじる。ルークが慌てて床へ下ろすと、すぐさまアリーシャのもとへと駆け寄った。
「アルシオ殿下、エクシオ殿下」
飛びつきそうな勢いだったが、そばに控えた侍女のネリーにぴしゃりと低い声で制され、二人は立ち止まり、そっとアリーシャの横へと座った。
「母様、今日は体調、なんともない?」
二人はアリーシャを見上げ、笑顔を向ける。
「赤ちゃん、いつ生まれるの?」
「もう、あとひと月ほどよ」
「まだそんなに?」
いかにも待ちきれないといった様子で、エクシオが唇を尖らせる。その隣では、アルシオが母の腹へそっと頬を寄せていた。
「早く会いたいなぁ。僕たち、ずっと待ってるよ」
そう、お腹の子へ優しく話しかけた。その声が聞こえたかのように、腹の内側が小さく動いた。アルシオとエクシオが同時に目を丸くすると、向かいに腰かけたルークの表情もわずかに綻ぶ。
「弟かなぁ。それとも妹かなぁ」
アルシオがそうこぼすと、すかさずエクシオは言った。
「僕は妹がいいなぁ!」
「それは、生まれてみないとわからないわ」
アリーシャは二人の頭をなでながら笑った。アリーシャが政務から離れているため、そのほとんどをルークが担っており、最近は夕食もろくに共にできていない。日中は、息子たちも勉強などあり、正直なところアリーシャは一日が長く感じていた。それでもルークは忙しい合間を縫って時間を作り、息子たちと共にアリーシャの元へとやって来てくれるのだ。しばらく他愛もない話をした後、ルークは体を冷やさぬようアリーシャに言い置いて、息子たちを連れて去っていく。
三人を見送ったあと、アリーシャも私室へ戻ろうと、ソファから腰を浮かせた。その途端、ふっと視界が暗くなり、足から力が抜ける。咄嗟に卓へ手をついた直後、腹の奥で何かがはじけたような感覚と共に、生温かいものが足元へ流れ落ちた。
「……ネリー」
「アリーシャ様?」
「破水、したみたい……。けれど、まだ早いわ」
声が震えた。予定日までは、まだひと月もある。崩れ落ちかけたアリーシャの身体をネリーが抱きとめる。アリーシャの顔色を見た瞬間、ネリーの表情からも血の気が引いた。
「宮廷医を!急いで!」
鋭い声が、先ほどまで家族の笑い声に満ちていたサロンへ響き渡った。




