グッドラック ~オリバー船長の酒場語り~ ②
儂はな。
ポンサール領で太陽を見つけたんだ。
んん?
太陽って昼間に出てるだろって?
ブラザー、違うんだよ。
儂らにとっての「太陽」は、三つあるんだよ。
ひとつはブラザーの言っている昼の空に輝いている「太陽」だ。
もうひとつはな。
ポンサール領の公爵閣下だ。
最後のひとつは、儂らの……親父なんだよ。
***
サイユ王国に上陸した日はな。
空が真っ青で、波の立たない海のようだった。
青い空の下で見る港は、見たことがないくらい綺麗な場所でな。
儂らは夢見心地だった。
だけど、現実ってのは、夢なんて見させちゃくれねえ。
儂らを船に乗せた商人は、港町の商人に儂らを売ろうとしていた。
言葉は分からなくてもよ。
にやっとしたいやらしい口元を見れば、何をしゃべってんのか想像はつく。
今から考えると、ありゃ、密売だったんだろうな。
儂らは違う商人たちに引き取られて、バラバラになっちまった。
儂が惚れていたべっぴんさんもだ。
そこから何年だろうな。
サトウキビの時代に比べれば、短い時間。
儂は船乗りの荷下ろしをさせられていた。
まだマシだったのは、酒だったな。
安酒でも、ポンサール領のはうまい。
それを舐めながら過ごしていたらよお。
今度は密売していた商人が、公爵閣下に取っ掴まったんだ!
がははは! すげえだろ!
間抜けな商人は、公爵閣下の率いる部隊を見て、真っ青だ。
くくくっ。えーっと、なんて言ってたかなあ?
ああ、そうそう。
奴隷貿易廃止法。
公爵閣下はそれを国の政策にしようとしていたらしくてな。
自分の領地で、発覚したもんだから、逆鱗に触れたんだろう。
公爵閣下は儂らを集めて、保護してくれたよ。
バラバラになっていたから、仲間は死んだ奴もいりゃ、消息不明になった奴もいる。
だけどな。
儂らは再会したときに、抱き合ったよ。
……ああ、抱き合ったなあ。
また、仲間に会えたんだ。
これ以上、嬉しいことはねえよ。
その中に、べっぴんさんもいたんだよ!
そりゃあ、もちろん儂は感無量で彼女に抱きついた。
そしたらよ、べっぴんさんに往復ビンタくらったんだ。
そりゃあねえって話だろ?
まいっちまったよ。
べっぴんさんがボロボロに泣いて「生きててよかった!」って、儂に抱きついてくれたから、さらにまいった。
公爵閣下は、ブラザーも知ってのとおり、すげえ人でな。
儂らを領民にしてくれた。
戸籍登録されて、数字じゃなくてオリバーって呼ばれるようになったんだ。
公爵閣下の奥様が、これまた美人で、頭が良くてな。
儂らの言葉をしゃべってくれたんだ。
おっどろいたなあ。
たどたどしい母国語だったけどよ。
まさか別の国の人間が、儂らの言葉を話すなんてな。
懸命に儂らと会話をしようとしてくださる奥様の姿を見て、なんだか泣けてきたな。
「君たちは奴隷じゃない。国民だ。君たちが生きていけるように私が整える」
公爵閣下はそんなことを言ってくださってなあ……。
公爵閣下の黄金の髪が、儂には「太陽」に見えた。
それからの生活はずっと良くなった。
大きな建物に全員で住んで、ひとり一部屋ずつもらえた。
食べ物も、公爵閣下が手配してくれた。
スープにパン、魚。卵もあったな。
働いてなくても、食べられた。
鞭に打たれなくても、パンがもらえた。
ありがたかったねえ。
儂らは、学校ちゅうもんに通わせてもらって。
王国の言葉を知り、読むことも、書くことも覚えた。
儂は勉強が嫌いだったけどな。公爵閣下の恩情だと思えば頑張れた。
仲間もだ。
それから手に職が就くように、みんな自分のやりたい職業に弟子入りしてたな。
儂は、数人の仲間たちと一緒に、船乗りに弟子入りした。
そこの親方がさ。
……もう亡くなっちまったけどな。
いいじいさんでな。
学がねえ、儂らをしこんでくれた。
散々、怒鳴られてたし、殴られたし。
怒り狂った親方に、海にほおり投げられたりもしたけどよ。
「いいか! 海の男はなあ! 約束は絶対、守るんだあ!」
そう怒鳴り散らしてさ。
決して儂らを見捨てなかった。
いい親方だったよ。
親方のおかげでな。
べっぴんさんと儂は、結婚できたんだ。
船の上で、儂はプロポーズしたんだけどよ。
がちがちに緊張しちまった儂を見かねて、親方が「こいつは一途で根性がある!」と言ってくれてな。
儂のプロポーズに、べっぴんさんは答えてくれたんだ。
もう二十年以上連れ添っているけどな。
儂のかみさんは、今もべっぴんさんだし、今もビンタするぐらい気の強い女だよ。
がははは!
それから、儂は幸せだった。
かみさんはいるし、親方は親父みたいだ。
仲間はいるし、酒はうまい。
船に乗って、海を見ている。
最高の日々だった。
だけど別れってもんは、どうしてか突然に来るんだよな。
槍で刺されても死なないような親方がさ。
病気しちまってよ。
みるみる衰えていく姿は見ていらんなかった。
儂は結婚したって言っても、まだまだ青いガキでな。
鼻水垂らしながら親方の看病をしていたんだ。
そんな儂を見て、親方は細くなった腕で、儂の頭をぱしんと叩いたな。
軽くて、弱いパンチだった。
あの一撃で、親方はもうすぐ精霊様のところにいっちまうと思ったな。
情けない話だが、仲間も泣いてよ。
弱っていく親方に励ましの言葉すらかけられねえ。
そしたらな。
親方が言ったんだ。
「おまえたちに、儂の船をやる」って。
そして、また言うんだよ。
「儂の息子は、船乗りが嫌いでな。喧嘩して飛び出して、もう十年以上、会ってはいない。風の便りで、孫ができたと聞いたが、抱かせてはもらえなかった。寂しくてよ。そんな儂の前に、おまえたちが現れた。寂しさなんか忘れるぐらい、騒がしかったな」
肩を震わせながら、笑うんだよ。
「おまえたちは……実に愉快な海の男たちだ」
そして、親方は目をつぶってな。
「生きていりゃあ、いいことはあるんだな。ありがとうな、みんな」
右手を挙げて、人差し指と中指をクロスさせたんだ。
「――グッドラック」
そのハンドサインはさ。
儂らが親方に教えたもんだったんだ。
故郷で使っていた「幸運を」って意味だよ。
ぱたりと腕がベッドの上に落ちちまってな。
実に親方らしい最期の言葉だったんだよっ。
……ああ、そうだ。
最期まで。
親方は、儂らのことばっかだった……っ。
グッドラックなんてよお。
死ぬ人間が言う言葉じゃねえんだよな。
生き残る奴のための言葉だよなあ!
ほんとっ。
本当になあ……。
いい、親方だったんだ。
太陽みたいにあったかくてなあ。
儂らの親父になってくれた。
三つ目の「太陽」だったんだ。




