贈り物と秘密
王宮で開かれる催しものでは、休憩部屋とも呼ばれる個室が複数用意されている。
誰がどの部屋を使うといった決まりはなく、空いていればどの部屋でも使っていい。
流石にこんな人が大勢いる場所で話をするのはお断りな為、場所を個室に移すことにした。
移動しながら私は小さくため息を吐く。
神子を見つける力を持つ神子なんて想像もしていなかった。盲点過ぎる。
力を隠してきて五年、こうもあっさりバレてしまうともはや清々しく思えてくる。いや、やっぱり悔しい。勝負はしてないけど負けた気分だ。
「あれ、シェルア……に、神子とセイル?」
パーティー会場の広間を出て廊下を歩いていると、不意に聞き慣れた抑揚のある声が聞こえてきた。
顔を上げた私の目に入ってきたのは王妃譲りの綺麗な金の髪に、普段の軍服とは違い、社交的な礼服を着用した青年の姿だった。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
レティアさんと騎士は頭を下げて、お祝いの言葉を告げた。
「うん。ありがとう」
そういって爽やかに微笑むのは今回の主役である王太子だ。
深緑の瞳が私を見て不思議そうに問いかけてくる。
「シェルア、この二人と知り合い?」
「いえ、今日が初対面です。そう言うクレ……殿下こそ、神子はともかく、騎士とも親しいのですか?」
クレイストと言いかけて訂正した。
今は二人もいるのだし、気安く名前を呼ぶのは止めておく。
にしても彼はさっき、騎士の事をセイルと呼んでいなかったか。
クレイストは気に入った相手しか名前では呼ばない。だからレティアさんのことも神子と呼んでいるのだろう。しかし、騎士に対しては名前を呼んでいた。
「ちょっとね」
彼は否定も肯定もしない代わりに、腹の底が読めない笑顔で答えた。
その笑顔にため息が出そうになる。
昔はもっと表情豊かな子だった。
馬鹿にされると顔をしかめて反論したり、痛いのに痩せ我慢して涙を堪えていたり、とっても可愛かったのに。
今では陰険で抜け目のない、性質の悪い性格に育ってしまっている。
過去を懐かしんで、私はまだ今回の主役であるクレイストを祝っていないことに気づいた。
「あ、お誕生日おめでとうございます」
レティアさん同様に形式だけの挨拶を済ませた。
「ありがとう。そういえばシェルアの贈り物、昨日届いたよ。毎年驚くものばかりで楽しみなんだ。今回はとっても煌びやかなドレスが贈られてきたんだけど、どうすればいいかな」
「ど、ドレスっ……!」
レティアさんが驚きのあまり開いた口が閉じれないようだ。ついでにセイルと呼ばれていた騎士もまじまじと私を見てくる。
二人ともまるで信じられないといった表情である。
「努力の結晶です」
クレイストの前回の誕生パーティーから一年間試行錯誤を続けて、ようやく完成したドレスだ。
遠慮なく喜んでほしい。
「これで胸元が大きく開いたドレスとかだったら、どうしてやろうかと思った」
そういうクレイストの背景には、黒いモノが揺らめいてる気がする。
──あれ、もしかして結構怒ってる?
きっと気のせいだ、そうしておこう。
「ああ、こうしてる場合じゃなかったんだ。じゃあね、私はこれで失礼するよ。主役ってのも大変だ」
またね、といつもの笑顔で手を振って、クレイストは広間の方へ歩いていった。
私はその後ろ姿を見送り、個室へと足を進めた。
その間、後ろではレティアさんと騎士が
「ドレスっていったい…………」
「あの腹黒にドレスって……」
と、ぶつぶつ呟いていた。
二人の認識は間違っていない。私は男性に、それも王太子殿下の贈り物にドレスを選んだ。常識的に考えてまず有り得ない。殿下を馬鹿にしているとしか思えない行為だ。
しかし、だ。ドレスとはいえ、品質は最高級なものを用意したつもりだ。
デザインもこだわり抜いて、露出が少なく清楚で可憐なイメージになるよう派手になりすぎず、しかし着る人の魅力が引き立つように、最大限の努力をしながら作り上げた至高の逸品なのだ。もはや芸術といっていい。
それを、ドレスという一言で片づけるとは……納得いかない。
とはいえ口には出さないが。
私は不満に思いつつ、複数並ぶ部屋の一室に入る。
個室の中は、机と椅子が用意されていた。
椅子は丁度三脚用意されているので、ぴったりだ。
私達は席についた
最初は神子の後ろに立っていようとしていた騎士だが、神子が座っていいと言えばあっさり席に着いた。もちろん私にも同意を取ってから。
丸い机を囲むようにして座る男性一人に女性二人。
端から見れば修羅場に見えなくもないだろう。むしろ私なら真っ先にその考えに辿り着く自信がある。
「改めまして、レティア・アーバックといいます」
レティアさんはそういって深々と頭を下げる。
彼女の黒髪が目に入る。私はありふれた金髪だから彼女の黒髪が少しだけ羨ましい。
「で、今日だけ護衛として付いてくれているセイル……えっと……セイル…………あー、う……」
「セイル・アーノルトといいます。第一部隊で副隊長を務めさせていただいてます」
レティアさんが紹介しようとしたが、途中で言葉に詰まっていた。家名を忘れたのだろう。
騎士が自らが名乗った。
アーノルトといえば騎士団の団長がそんな家名だったはずだ。
そういえば私がまだ十歳もならないくらいの頃、騎士団長が養子を迎え入れたという話を聞いたことがある。
興味がないので詳しくは知らないが、アーノルト卿は独身だったはず。ということは目の前にいるこの青年は、養子とはいえ嫡子に当たるということだろうか。
だとしたらクレイストと関わる機会はそれなりにあったのだろう。その間に気に入られていたとしても不思議ではない。
成る程、と思いつつ私も自分の名前を紹介する。
「シェルア・セバートといいます」
いつもならここで多少の見栄を付け足したりするのだが、今回は必要ない。
父がレンシー領の領主で、と言ってもたいした反応は帰ってこないだろう。
何故なら相手は神子なのだから。比べるまでもない。
「アーバックとは珍しい家名ですね。両親のどちらかは異国の者ですか?」
私の質問に彼女はキョトンとして答える。
「いえ、どちらも生粋のエプティル王国のものです」
「ああ、そうよね。神子は余所の血が混じる子供からは生まれないもの、当然ですね」
なにを聞いているんだ、自分は。分かりきったことなのに、恥ずかしい。
そう、どういうわけか神子という存在は他国の血が混じると生まれない。
同じ人間同士だというのに不思議な事だ。
それもあって今では珍しい存在になっている。
神子がこの国で神聖視されているのはそれが理由でもある。
とはいえ、他国の血が混じって無かろうが、神子が生まれるのはやはり抵確率だったようだが。それでも千年くらい前には、百人に対して一人の割合で神子は存在していたと、記録に残されている。
「レティアさんは私に何か質問はありますか?」
私がそう問いかけると、彼女は目をぱちくりとさせて、口を開いた。
「はい、あります。でもその前に私のことはレティアと呼んでください」
「……わかりました。レティアは質問ありますか?」
再度問いかけると、彼女は黙って肯いた。
真剣な顔で私の目を見る、私も真剣に相手を見据えた。
「で、殿下にドレスを贈ったって本当ですか?」
「…………」
──質問って、そこ?
真剣な顔だったからもっとこう、どうして隠してるんだ! とかだと思ってたのに、ドレスの話に戻る?
いや、まあ良いんだけどね。
「はい、私がデザインした最高級のものを」
「そ、そうですか……」
私が満面の笑みで答えたためか、苦笑いだ。
レティアは一息ついて再び私の目を見た。
今度は何だろう。またボケできたら笑ってあげよう。
「シェルアさんは神子であることを隠していたんですか? それとも気付いていなかったんですか?」
どうやら今回は真面目な質問のらしい。
ボケるかボケないのかどっちよ。
思わずため息が出る。
私は頷いた。
「前者です。隠していました」
「そうですか……」
「はい、なので、誰にも言わないでほしいのです」
「え?」
驚くレティアをひとまず置いて、私は騎士に顔を向けた。
「貴方にも」
「……なぜ? 神子というものは国が保護するものだと聞いています」
「かわりに力を提供するのでしょう? 私は国の役に立つ力は持ってません。保護しても邪魔なだけですし、私は親しい友人から家族に至るまで、全員に力の事は隠してきました。力を狙って寄ってくる輩は居ません」
私の力は本当に国には役に立たないものだ。私にしか得なことはないだろう。
再びレティアの方を見る。
すると、彼女は不意にニッコリと微笑んで見せた。
「先生も力の事は隠す人でした。なのでシェルアさんがそういうなら私は秘密にします」
なんでもないように肯く。
彼女のいう先生とやらが気になるが、今は置いておこう。
「ありがとう」
そう言ってレティアに微笑む。
次に私は騎士を見た。
「俺は正直どうでもいいです。ただ、隠す理由が気になっただけで、秘密にしたいなら他言しません」
よし、言質は取った。
本当はバレるなら、それでもよかったけれど、隠せるならそれに越したことはない。
私は席から立ち上がる。私が立った事で騎士も立ち上がった。つられるようにレティアも席を立つ。
「二人ともありがとうございます。では、私はパーティーに戻りますね」
まだまだあそこでやることは残っている。
話が終わったならここでのんびりしている暇はない。
部屋から出て行こうとする私をレティアが引き止めた。
「あ、私も一緒に行きます」
「うっ……私としては三人で並んで出て行くのは気が引けるのですけど…………」
「どうしてですか」
彼女は首を傾げて、考える素振りをする。騎士もよくわからないようだった。
いやいや、分かりましょうよ。
女性二人と男性一人が一緒に行ったら要らぬ誤解を招くやもしれないとどうして気づかない。
呟くように小さな声で言う。
「…………三角関係」
ボソッとつぶやいた言葉は騎士には届いたようだ。
「あー、なるほど」
意味が理解できたのか苦笑気味であった。
一方、レティアの方は
「三角? 三角がどうかしたんですか?」
と、気づいていないようすである。
貴族の令嬢というものは大抵恋愛ごとが大好物な生き物なのだ。ついでに噂も。それから、創作するのが好きな人もいる。
三人でいるところを見られたら面倒だ。
私はレティアを宥めて、どうにか一人で広間に戻ってきた。