一方的な戦い
(……ゴート・ジェン!)
予想外の登場に、ヘリンは目を見開いた。 まさか、本当に助けに来るなんて。
「……誰だ、お前」
ロックはヘリンの胸ぐらから手を離し、ゆっくりとジェンへ向き直る。
「俺はゴート・ジェン。……事情はよく分からないが、男が寄ってたかって一人の女の子を痛めつけるのは良くないんじゃないか」
そう言う声は、少しだけ震えていた。それでも、ジェンは一歩も引かない。
「おいおい。まるで俺たちが一方的にイジメてるみたいな言い方だなぁ?」
「先にロックさんのズボンへ水をぶっかけてきたのは、この女の方だぜ!」
二人は口々にそう言い、濡れたズボンを指差した。
ジェンはズボンへ目を向け、小さく頷く。
「……なるほど。要するに、そのシミが原因なんだな」
そう言うと、彼は静かに二つの魔法陣を展開した。
一つは赤。もう一つは緑。
「おい……何をする気だ?」
二つの魔法陣はゆっくりと重なり合い、その中心から柔らかな風が吹き始める。
「炎魔法と風魔法を組み合わせて、温風を作ったんだ。これなら、ズボンもすぐ乾く」
平然と言ってのけるジェン。
しかし、その一部始終を見ていたヘリンだけは、全身を震わせていた。
(複数属性の同時詠唱……!?)
(それだけでもできる存在は一握り。しかも異なる属性の魔法を融合させて新しい現象を生み出すなんて……!?こんなの、人間にできる芸当じゃないっ!!)
本来なら、それは神業と呼ばれてもおかしくない高等技術だった。 並の魔導師どころか、一流の賢者ですら再現できるか怪しい。
(こんな事して、いくら魔王様の呪いにかかっているとはいえ流石に只者じゃないとバレてしまうのでは……?)
ヘリンは一抹の不安を覚えた。
――だが。
「なんだその魔法!ぬるい風が出るだけじゃねぇか!」
「ぶははっ!なんだそれ!馬鹿みてえな魔法だな!」
(セーフ!!魔王様の呪い最強っ!!)
取り巻きたちは腹を抱えて笑い転げる。
魔王の呪いにかかっている彼らには、その技術の価値など欠片も理解できない。その力は絶対的なものであった。
「そうだな……Z級のスキルしか持ってない俺にできるのは、このくらいだ」
もちろん、その価値を理解していない者の中には、当の本人も含まれている。
ジェンは自嘲気味に笑うと、続けてロックへ視線を向けた。
「――でも、今回の問題を解決することくらいはできそうだ」
その言葉どおり、温風に当てられていたズボンの染みは、すでに跡形もなく乾いていた。
沈黙が流れる。原因はなくなった。これで一件落着――誰もがそう思った。
だが。
「……お前、何か勘違いしてないか?」
低い声で、ロックが口を開く。
「こいつは俺にぶつかって、水をぶっかけた。染みが消えたからって、その事実まで消えるわけじゃねぇ。やっちまったことには、それ相応の罰を与えなくちゃならねえ」
その目に、引く気配は微塵もなかった。
「そんな……!」
ジェンが言い返そうとした、その瞬間。
「――それに、だ」
ロックはジェンの言葉を遮る。
「罰が必要なのはお前もだ、ゴート・ジェン。俺に指図して、俺の邪魔をしたんだからな」
気づけば、ジェンの背後には取り巻き二人が回り込み、逃げ道を塞いでいた。
「――やれ」
ロックの一言とともに、二人が一斉に飛びかかる。
「ジェン……!」
反射的にエリンが叫ぶ。
「おらぁっ!!」
「くらいやがれっ!!」
ドンッ、ガッ!
鈍い打撃音が響く。
「くっ……!」
ジェンが苦しそうな声を漏らす。
ズズズッ、と何かが地面を勢いよく転がる音。
「ははっ!この弱虫野郎!」
「早く逃げねぇと死んじまうぞぉ~!」
「……くそっ!」
声だけを聞けば、誰もが思うだろう。
――二人が一方的に少年を痛めつけている、と。
だが。
(いやいやいやっ!えっ!?なんですかこの状況!?)
ヘリンは思わず目を見開く。
(どうして圧倒してるジェンの方が、劣勢みたいな空気になってるんですか!?)
そう、実際に地面を転がっているのはジェンではない。
「まだまだ行くぜ!」
「おらぁ!」
二人が再び拳を振るう。
「くっ……!」
ジェンは苦しそうな声を上げながら、とっさに腕で受け止めた、その瞬間。
『全能無敵絶対確殺』によって強化された腕に弾かれ、二人の身体が勢いよく宙を舞う。
ズズズズッ!
地面を転がりながら大きく吹き飛ばされた。
それでも二人は立ち上がり、鼻で笑う。
「ハッ!この雑魚野郎が!」
「泣きわめいても知らねぇぞ!」
(なんで今、思いっきり吹っ飛ばされたのにそんな余裕そうなんですかぁっ!?)
一方のジェンも肩で息をしながら叫ぶ。
「……くそぉぉっ!」
(そっちもなんでそんな悔しそうにしてるんですか!?今、だいぶ一方的に勝ってますよね!?)
『全能』によって身体能力は圧倒的。『無敵』によって攻撃は一切通じない。
本来なら、勝負にすらならない。それでも魔王の呪いによって、誰もその事実を認識できない。
何度吹き飛ばされようが「追い詰めている」と思い込む取り巻きたち。
そして、一切傷を負わず相手を吹き飛ばし続けながら、「押されている」と本気で焦るジェン。
誰一人として、この戦いの本当の優劣を理解していなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……。弱虫……が……っ」
やがて取り巻き二人は限界を迎え、その場へ倒れ伏す。
「……体力切れか?危なかった。勝手に倒れてくれて助かったぜ……」
ジェンは胸をなで下ろした。
(もう訳が分かりません……)
ヘリンは額を押さえる。
(この異常な状況を作り出しているのも、全部魔王様の呪いの力……。ですが実際に目の当たりにすると、なかなか恐ろしいものですね……)
ヘリンは改めて、自分たちの主――魔王の呪いの恐ろしさを実感していた。
その一方で、ロックは倒れ伏した取り巻き二人を冷ややかに見下ろす。
「――こんな雑魚相手に息切れしやがって。使えねぇ野郎どもが」
吐き捨てるような声に、その場の空気が張り詰める。
(ま、まさか……今度は自分が出てくるんですか!?)
ヘリンは思わず身構えた。だが。
「……覚えておけよ」
ロックはそれだけ言い残すと、倒れた二人を片腕ずつ掴み、そのまま引きずるように去っていった。
静寂が戻る。
そうして、ロックの後ろ姿を呆然と見送るジェンを見て、ヘリンはハッと冷静になった。
「……あっ!ジェンさん……でしたよね?助けてくださって、本当にありがとうございました!」
想定外の展開こそあったものの、結果としては望んでいた状況になったのだ。ヘリンはすかさずジェンへ駆け寄る。
「いいんだよ。それに、あいつらが勝手に倒れただけで、俺は何もしてないし」
「いや、そんな事ないですよ。本当に。……本当に」
こればかりは紛れもない本心なので、つい真顔で言ってしまう。
「あの……もしよろしければ、お礼をさせてください。お茶でも、ご一緒しませんか?」
こうしてヘリンは、狙い通りジェンとの距離を縮めることに成功した。
その様子を、少し離れたベンチから眺めていた男が一人。パワードだった。
「……ちっ、くだらねぇ」
二人には聞こえないほど小さく吐き捨てる。
興味を失ったように立ち上がり、背を向ける。
「――だから嫌いなんだよ」
その独り言だけを残し、パワードは静かにその場を後にした。




