大事な約束
ひと騒動を終えたヘリンとジェンは、近くの酒場を訪れていた。
ヘリンはハーブティーを、ジェンはオレンジジュースを口にする。
「本当にご馳走になっちゃっていいの?」
「はいっ!それくらいはさせてください!」
ヘリンは満面の笑みで頷いた。
「――改めて、先ほどは本当にありがとうございました!あの人たちに囲まれた時は、本当に怖くて……だから、ジェンさんが助けに来てくれた時、すごく頼もしかったです!」
もちろん、あれはヘリンにとっても予想外の出来事だった。だからこそ、感謝の言葉に偽りはない。
だが、それを利用することも忘れなかった。
「いいんだよ。本当に俺は何もしてないしね」
ジェンもまた、心からそう思っていた。
「そんなことないです!それに、二つの魔法を同時に使ってましたよね?あれも凄くかっこよかったです!」
風魔法と炎魔法を組み合わせた複合魔法。
常人には到底真似できない、まさに神業だった。
「大したことじゃないよ。俺のスキル『全能無敵絶対確殺』のおかげで、ちょっと魔法が使いやすくなっただけなんだ」
(その技術は"ちょっと使いやすくなった"で済むレベルじゃないんですけどね……!)
ヘリンは心の中で突っ込む。
(それに今、なんて言いました??『全能無敵絶対確殺』!?そんな物騒で仰々しい名前、自分で言ってて何も思わないんですか……!?)
だが、下手に言及して勘づかれても困る。
だからこそ、あくまで自然に褒めることにした。
「でも、いろんな魔法が使えるなんてすごいじゃないですか!便利そうで羨ましいです!」
「そんなことないよ。ただの器用貧乏さ」
ジェンは自嘲気味に笑う。
(あなたが器用貧乏なら、大概の人は大貧民ですよ……)
もちろん、そんなことは口にできない。
「……それが、Z級スキルなんでしたっけ?」
「ああ。史上最悪の大外れスキルらしい」
ジェンは寂しそうに肩を落とした。
「……こんなスキルをすごいって言ってくれるのは君と――俺の変わり者な友達くらいだよ」
「変わり者な友達……」
それがダストレア・ウィークのことを指しているのは、ヘリンにも分かっていた。
だが、あえてその話題には触れず、ヘリンは切り出す。
「……あの、いきなりこんなお願いをするのも変かもしれませんけど――私と、パーティーを組んでくれませんかっ!」
これがヘリンの切り札だった。
ジェンを勇者パーティーへ行かせない。そのためには、自分とパーティーを組ませてしまえばいい。
単純だが、それが最も確実な方法だとヘリンは考えた。
「……!」
予想外の提案に、ジェンは目を丸くする。
「私、冒険者になりたいんです。でも、まだ仲間が見つかってなくて……。もし良かったら、ジェンさんと組みたいなって……」
そう言って、上目遣いでジェンを見つめる。
「……ダメ、ですか?」
断られることを恐れるような、か細い声。
ジェンは彼女の顔を見る。その整った容姿に、思わず胸が高鳴った。
勢いで「いいよ」と答えそうになるが、ジェンはぐっと踏みとどまる。
「……さっきも言った通り、俺は最低クラスのスキルしか持ってない。君の役には立てないと思う」
「そんなこと……!」
「……それに、先約があるんだ」
ジェンは少し困ったように笑う。
「さっき話した変わり者の友達。あいつ、S級スキルを持ってて勇者パーティーに入るらしいんだけど……俺も一緒に来ないかって誘われてるんだ」
それはウィークと交わした約束。
今でも自分には不釣り合いだと思っている。それでも、友と交わした約束だけは裏切りたくなかった。
「……確かにジェンさんはすごい人です。でも、勇者パーティーはさすがに荷が重いんじゃないですか……?」
もちろん、本心ではない。
ヘリンはジェンこそ勇者パーティーに最もふさわしい実力者だと知っている。
だからこそ、絶対に行かせるわけにはいかなかった。
「分かってるさ。俺もそう思う。でも、約束しちゃったからな」
そう言って、ジェンはオレンジジュースを飲み干す。
「それに、あくまで推薦されるだけだからね。他にも候補はいるし、多分、本当に勇者パーティーへ入ることはないさ」
「そ、それでも――」
なおも説得しようとした、その時だった。
酒場の入口から、一人の青年が入ってくる。
「……!」
ヘリンの表情が強張る。
(あれは……ダストレア・ウィーク!)
まずい。
もし今ここで、自分がジェンを勧誘しているところを見られたら、不審に思われる。
ついさっきまでジェンを見下すような態度を取り、自分を仲間にしてほしいと言っていた少女が、今度はそのジェンをパーティーへ誘っている。
怪しまれないはずがない。
「あ、あの!ごめんなさい!急用を思い出したので帰ります!そ、それでは!」
ヘリンは慌ててテーブルに代金を置くと、逃げるように酒場を後にした。
「……?」
ジェンはその背中を不思議そうに見送る。
そして視線を上げると、入口に立つウィークと目が合った。
「「あっ」」
二人の声が重なる。
「奇遇だね。まさか解散してすぐ、こんなところで再会するなんて」
ウィークは笑顔で歩み寄ってくる。
「ウィーク……本当に奇遇だな。また会うとは思わなかった」
そう言いながら、ジェンは酒場の入口へ目を向ける。
もう、あの少女の姿はどこにもなかった。
「……まったく、恨むぜ?お前のせいで、かわいい女の子と冒険できるチャンスを逃しちまったんだから」
軽口とは裏腹に、その表情はどこか穏やかだった。
「女の子?」
「こっちの話だよ」
ジェンは笑いながら、自分の隣の席を軽く叩く。
「それより座れよ。せっかくだし、一緒に飲もうぜ」
その言葉に、ウィークの顔がぱっと明るくなった。
ウィークは喜んで隣に腰を下ろす。
こうして、気の置けない旧友同士の語らいは、夜更けまで途切れることなく続いた。




